第43話

私はキーランド卿を紹介し、レンは背後の二人の側近を紹介してくれた。


 女性はアダリー。男性はブラッツ。



「さて。オヤジからくれぐれもと頼まれてる。これからあんたが手にする地位について多少説明する」


「あの、私は何もわからないので、今まで通りレンが取り仕切ってください」


 私の率直な言葉に少しだけ驚いてレンはふと笑んだ。


「ああ、仕切りは今まで通りに俺がやらせてもらう。ただあんたは遺言通りにアルトマン商会のオーナーになるだけだ。それともう一つの家業についても知っておくべきだな」


「もう一つの家業、ですか?」


「そうだ。その事務所がここだ。アルトマン男爵は生前、うちのオヤジとある裏家業を商会で営んでいたんだ」


「裏?」


「そう。しかも、大陸をまたぐ大裏家業」


「もしや……違法な……?」


 私は息をのむ。


「うーん、まぁ、この国にはそれに関する法律はなさそうだから、違法とは言えないな。だが公になればいろいろとまずいことにはなるだろうな」


「……」


 私は考え込む。一体、どんな裏家業なわけ?



「兄上。ヴィ様を悩ませないでください。早くご説明してさしあげて!」


 ナデァが非難めいた口調で言う。レンは異父妹を一瞥して浅いため息をつくと口を開いた。


「商団では情報も売り買いする。間諜を使ったり、時にはどこかの組織の人間を買収したり。暗殺や戦争、紛争に関与することもある。それと、傭兵や暗殺者を送り込むこともな」


「……そうですか」


「中核は傭兵団。つまり、アルトマン商会は傭兵団を保有してるってことだ。俺はその団長でもある」


「あっ! だからあなたが銀狼……!」


 キーランド卿が自分の膝を拳でぽんと打った。話について行けていない私に、彼は説明してくれる。


「ヴィ様。彼は近隣諸国すべてに名をとどろかす、傭兵王銀狼です。先ほどのならず者たちも銀狼の名は知っていました」


「表向きはごく普通の商会だ。不正も全くない。多国間で様々なモノを取り扱っている。そのついでに情報も集めて、必要なところに売りさばくし、都市から都市へ商団がモノを運ぶ時の護衛の傭兵も自分のところから出せる」


「なるほど、理にかなっているわね」


「オヤジたちもそう考えたんだろうな。今では裏家業は大陸一の規模と情報網だ。顧客には他国の王族や皇族もいる。この国での拠点はここ、この店だ。首都にはあと宿屋が二件と娼館が一件ある。そういうところから情報はすべてここに集まるようになってる。アダリーはその二件の宿屋と娼館の責任者だ」


 レンの背後のアダリーは微かに頭を下げた。


「男が護衛として入れないようなところに行くときは、彼女を連れて行くといい。さっきの男たちぐらいなら簡単に倒せるくらいの実力がある」


 おお。すごい。



「アルトマン商会は大陸の各国の通行証を有する。商標はオオカミの横顔だ」


 レンは左手の小指にはめた金の印章指輪をひらひらと手を振って見せた。そして組んだ膝の上で両手を組み合わせると、傲岸不遜な笑みを薄い唇に浮かべた。


「まあ、とにかく、何もわからないならわからないままでいい。表立つ必要もない」


 馬鹿にされている感じはあるけど、不思議とさほど腹も立たなかった。知らないことは知らないし、知らないのに口出ししようとも思わない。もう、楽に生きると決めたの。私はこくりとうなずいた。


「承知しました。今後とも、よろしくお願いします」



 私の反応を見て、レンはつまらなそうに口角を下げた。挑発が効かないと諦めたらしく、彼はふん、とため息をついてそっけなく言った。

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