傭兵王とバツイチ・シンデレラ

第39話

西の辺境伯の突然のプロポーズから三日。


 私の実家に行ってみる日が来た。



「注意事項の確認をしたいのですが……」


 ガタゴトと車輪が石畳を転がる音がする。


 街中へ向かう地味な馬車に揺られながら、ナデァは私に説明する。馬車には騎乗した地味な格好のキーランド卿が護衛についている。私もナデァも地味な格好。地方から出てきた豪商の娘とそのお目付け役ってコンセプトらしい。


「まだ昼間ですが、酒場ではくれぐれも気を許さないようにお気を付けください。よそ者もいるでしょうし、フードは脱がないようにしてくださいね」


「ナデァは心配性ね。誰も私のことなどわかるはずないわ」


「いいえ! もと王子妃だとわからずとも、ヴィ様は……」


 自然と人目についてしまうのです、とナデァはため息をついた。だてに六年間も王族だったわけではない。にじみ出る高貴なオーラと気品と美貌は、フードをかぶっていても完全には隠しきれていない。王子に一目惚れされるほどのたぐいまれな美しさは、酒場では掃き溜めに鶴だ。間違いなく目立つに違いないとナデァは恥ずかしくなることを主張してくる。



「……いえ、とにかく、私とキーランド卿のそばを決して離れないでください。まずはキーランド卿の後ろに隠れながら入り、そのまま目立たない隅のほうの席に着きましょう」


「はいはい、言うとおりにするわ」


「若い女性たちも給仕している店ですので、治安は悪くないはずですが、よそ者でガラの悪いものがいないとも限りませんので」


「わかりました。注意します! でも……」


 私は嬉しくてニヤニヤしてしまう。酒場よ、酒場。初めての酒場(そこはヴィの実家だけど)!




「兄とは一時間半くらいあとに約束をしています。食事の後、二階の事務所へ向かいます」


 私は首をかしげる。


「あなたはほとんど休暇でも帰省したことはなかったのに、いつお兄さんと会っていたの?」


「ここ四、五年で二度ほど、そしてヴィ様の廃妃計画からは週一くらいで会ってました」


「そうなのね」


「あの……ヴィ様」


「なぁに?」


「兄は幼い頃から外国で傭兵生活を送っていて、今でもそういう仕事もしているようです。一応、父の子爵位を継いでいますが商人でもありますから、今までヴィ様の周りにはいなかったタイプなので、びっくりしないでくださいね?」


 私はくすくすと笑った。


「西の辺境伯にも動じなかったのよ。心配しないで」




 街の中心地の大通りの角にある懐かしい(=ヴィの記憶の中のね)実家。昔の面影はそのままの外装だが、一階は酒場に改築されて『狼の片足ウルフズ・パウ』という木製の看板が軒先に掛けられている。


「さ、お顔を隠してください。行きますよ!」


 私の被るフードをさらに目深に下げると、ナデァは私の手を引いてキーランド卿を先頭にして店のドアをくぐった。

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