第38話

「……」


「……」


「……」



 部屋に残された三人は、あまりの衝撃に言葉なく固まった。



 最初に現実に戻ったのはナデァだった。


「ヴィ様……なんか、すごいかたに目をつけられたようです」


「そ、そうです。すごいかたです。いや、噂にたがわずすごいかたでした……」


 キーランド卿も呆然としたまま首を縦に振る。



「ええっと……辺境伯は、私のお友達になったってこと……かしら?」


「うーん……とりあえずは?」


 ナデァは苦笑するとキーランド卿と一緒に下を見下ろした。私も二人の背後から窓の外を覗いてみた。西の辺境伯はカスパル卿に見送られ馬車止めで黒い軍馬にまたがり、さっそうと去って行った。


 すごい……かっこいい。


「エラード公子といい辺境伯といい、なぜヴィ様は厄介な大物に狙われるのかしら?」


 ナデァはため息混じりにつぶやいた。


「どちらも、一筋縄ではいかないかたがたですね……」


 キーランド卿は小さくうなずいてため息をついた。


「こうなったら、一刻も早く、手を打たないと……」


 衛兵が開いた門から馬で走り去る銀髪の美丈夫を見つめ、ナデァは真剣にうなずきながら独り言をつぶやいた。




 ん? 手を打たないと、って、何かしら?



 西の辺境伯が王都に長期滞在することになったという噂は、瞬く間に広まった。



 彼のタウンハウスはマイツェン伯のタウンハウスから馬車で二十分ほど離れた森のそばにあるみたいね。


 衝撃の求婚の日から彼は毎日、色とりどりの花束を贈ってくる。本人の訪問は目立つので、私がこの新しい生活に慣れるまではご遠慮願いたいと伝えてある。




 彼の求婚を聞きつけたエラードが、女装して「エラリス嬢」としてやってきた。エラード公子として訪ねてこられるのは体裁が悪いからね。


 王子と離婚したばかりで高位貴族の男性たちが複数出入りすれば、のちの国民向けの美談も嘘っぽくなってしまうもの。


「ヴィヴェカお姉様。あの野蛮人に求婚されたとは、本当ですか?」


 どう見ても完璧な美少女の「エラリス」は、そわそわしながら開口一番そう尋ねてきた。声まで魔法でかわいらしいソプラノに変えている。


「ええ、まあ。本当かと言われれば、そうね」


「いけません。ベーレンドルク領は不毛の地です。彼の前妻は二人も、結婚して間もなく謎の死を遂げています。そんなところに行ってはいけません!」


「行かないわ。求婚はお断りしたんだけど、友人になりましょうと言われたわ」


「はっ? あの死神……っ」


 美少女エラリスの美しい顔が殺意に曇る。でもエラードはきっと辺境伯には何もできないはず。いくらすごい魔術師でも、ソードマスターには簡単に危害は加えられないでしょうからね。それに彼は国の守護神みたいなものだもの。


 私はエラード……じゃなくて、エラリスの肩をトントンと叩いた。


「まあまあ、当分は来られないと思うわ。私の体裁を考慮していただいているの。さぁ、お茶にしましょう? ね?」


 エラリスはふう、と毒素を吐き出すと、計算しつくされた愛らしい上目遣いでかわいい唇を尖らせた。


「いいえ、お姉様。それより観劇にでも行きませんか?」


「あら。いいわね。行きましょう!」


 ふふ。機嫌が直ったみたい。当分は彼が辺境伯のアプローチを警戒して、陰でぶち壊してくれるかな。


 今日は奢ってあげよう。


 観劇ついでに、最近見つけたすてきなティーサロンにこの弟分(妹うん?)を連れていくことに決めた。

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