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第37話
キーランド卿から彼が何しに訪ねてきたのか聞いていたので、私はそんなに驚きはしなかったけれどね。
「あの……何故突然、求婚なのですか?」
「六年前、爵位を継いでから二度目に上京したのが第一王子の結婚式の日でした」
まだよくわからない私は首をかしげていたが、辺境伯は続けた。
「そこであなたを見て、あやうく謀反人になりかけました」
「どういうことですか?」
「……第一王子を殺して、あなたを攫って行きたくなったのです」
今度はナデァだけでなく、キーランド卿もひっ、と悲鳴を飲み込んだ。
「だがさすがにそれは反逆になるので諦めました。その後領地に戻り二度ほど結婚しましたが、最初の妻は嫁入りして半月で病死して、二度目の妻は川で溺死しました。そして今回上京して破婚を知り、あなたに求婚することにしたのです」
こほん、と小さく咳払いして私は背筋を伸ばした。
「あの……こんなことを言えば不敬罪になるかもしれないのですが、せっかくやっと廃妃になれたことですので、当分は気ままに暮らしたいのです」
相手は国で唯一のソードマスターだ。キーランド卿が言うにはソードマスターはすべてにおいて勘が鋭いので、嘘偽りはたやすくばれてしまうらしい。あまりにも率直な私の言葉に辺境伯はしばし呆気にとられ、そしてぷっと吹き出した。
「せっかく廃妃になれた、とは……確かに不敬ですね。そうか。あなたは第一王子に見初められて王子妃になったのでしたね。なるほど……」
辺境伯は意味深な微笑みを浮かべた。
彼は長い脚を組みなおして余裕の口調で言った。
「難攻不落の城ほど、落とし甲斐がある。レディ、今日からあなたと私は友人だ。困ったことがあれば何でも力になろう」
「え?」
「つまり、あなたが王子妃になったのは、王子に惚れられたからであって、あなたが惚れて望んだわけではないのだろう? だから今はせっかく手に入れた自由を満喫したいと」
事実を言い当てられ、私はあっけにとられる。ほんの十数分の会話でそこまで指摘されるとは。ぽかんと口を開いている私に、辺境伯は不敵な笑みを浮かべた。
「長期戦といこう。望まれて嫁ぐことに嫌気がさしているならば、惚れさせればいいだけだ。辺境も今は落ち着いていることだし、俺もこれからは頻繁に上京することにする」
辺境伯はさっと立ち上がった。
「え? あの、卿……」
我に返った私が慌てて立ち上がると、辺境伯は歩み寄ってきて私の手の甲に口づけた。
「ルース」
「はい?」
「友人ならば、そう呼ばないと。あなたのことはレディ・ヴィと呼ぼう。これからよろしく」
「はい? あの、本気でおっしゃっていらっしゃいますか?」
「今までのところで、冗談はひとつもない。では、今度来るときはきちんと手順を踏もう。今日は失礼した」
戦場にばかり入り浸っていた男とは思えないほど妖艶な笑みを浮かべ、彼は挨拶をして部屋を出て行った。
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