第35話

「……ベーレンドルク辺境伯です」



「——は⁈」


 私とナデァは同時に叫び、驚いたまま顔を見合わせた。そしてまた同時に鏡のように首をかしげた。


「ベーレンドルク辺境伯といえば……」


「ルドヴィク・フォン・エクスラー様。西の辺境伯ですね……」


 二人は神妙にうなずく。私はキーランドを振り返る。


「西の辺境伯がなにゆえ、うちを訪ねてきたのかしら?」


「そ、それが……き、きゅ、求婚のためとのことです」


「ええっ⁈」


 またまた私たちは同時に叫んだ。





「西の辺境伯」ことベーレンドルク辺境伯ルドヴィク・フォン・エクスラーは、先代が北西の帝国との戦争で命を落とした時に、わずか十七歳で爵位と領地を継いだ。以来十年間、彼は参加国との国境線を強固に守護し続けている、王国の守護神らしい。

 

「確か、結婚した時に王宮で一度正式な挨拶を受けたことがあるけど……お若くて長く美しい銀髪だったことしか思い出せないわ」


 ええ? とキーランド卿が珍しく感情を表して驚愕する。


「あのお方は……十七歳で家督を継承してからほとんどを戦場で過ごされていらっしゃいます。わずか十九歳でわが国唯一のソードマスターになられた偉大なお方です」


 ナデァがうなずく。


「騎士目線で言えばそうですが、王宮の侍女やメイドたちの間では、『死神辺境伯』と呼ばれていました」


「死神辺境伯?」


「はい。銀髪にアメシストのような瞳でお姿は神々しく非常にお美しいのですが、戦場にては冷酷無慈悲な死を呼ぶ戦神、死神と呼ばれているそうです。過去に二度ほどご結婚されましたが、どちらの夫人もひと月も経たないうちに亡くなっているようです」


「まさか……辺境伯が……」


 私が眉根を寄せるとナデァは首を横に振った。


「あ、いえ、真相はわかりませんが、辺境伯が手に掛けたわけではないはず、です」


「そ、そうですよ。閣下の栄誉を妬んだものたちが広めたデマです!」


 キーランド卿が不満げに主張する。


「そう。それで、なぜその西の辺境伯が求婚してくるのかしら? ご挨拶は受けたことがあるけれど、個人的にはお話したことがないのよ?」


 ヴィわたしの記憶ではそんな感じ。私がため息混じりに眉尻を下げると、キーランド卿は遠慮がちに言った。



「はい。それでその、さすがに先日の伯爵のご子息のように門前払いできるような方ではいらっしゃらないので……」


 確かに、辺境伯は伯爵位ながらその扱いは公爵なみに高い。ソードマスターだし、(いくら約束もなしに突然訪ねてきたとしても)門前払いは失礼にあたるわね。


「面識がないも同じだから、求婚のためにいらっしゃったと言うのは間違いかもしれないしね。とりあえず、お会いしてみましょうか」



 カスパル卿におもてなしするようにとキーランド卿に伝言をお願いして、私はナデァに着替えを手伝ってもらうことにした。

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