新生活と突然の求婚
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第32話
マイツェン伯爵のタウンハウスは王宮から馬車で一時間弱の郊外にある。
宮殿と呼ぶにふさわしいその豪奢なタウンハウスは代々王家の所有で、故前王妃――今の国王の母君が、若い頃に気に入って時々滞在していたという。
今の王妃が政略結婚で輿入れしたころ、ずいぶん前王妃にいびられたことがあったらしい。だから彼女は前王妃崩御の直後から、姑が愛した宮殿の外観も庭もすべてぶち壊し、全く別物に美しく改装しなおした。それを私に快くプレゼントしてくれたの。
やるね、王妃様。
「お待ちしておりました、ご主人様」
正面玄関の扉が開き、両側に並んだ使用人たちが一斉にお辞儀をした。彼らを従えるように一番手前の真ん中に立った優雅な身のこなしの壮年の男が、恭しく頭を下げた。
「あっ、ええ? カスパル卿?」
私は驚きの声を上げた。その人は、王妃の有能な補佐官であるクレメンス男爵カスパル卿である。
「はい。本日からこの邸の管理をさせていただきます、どうぞよろしくお願いいたします」
「そ、そんな、王妃陛下のお世話はどうなさるのですか?」
「王妃陛下のご命令でございます。お邸全体の管理はすべてお任せください」
私は感心のため息をつく。
「マイツェン伯爵位は三代前の国王の弟君の爵位のひとつであり、名誉称号であります。女伯ではなく、伯爵夫人でもなく、伯爵であられます。王妃陛下は卿が快適にお暮しになれるようにと、私を遣わされました」
彼はわざと私を「卿」と呼んだ。
社交をしない限りほとんどの貴族には私の正体はばれないだろうが、万が一、誰かに政治的に利用されることのないようにとの王妃陛下の判断のようね。
私はほっと安堵のため息を漏らした。一人暮らし(?)は初めてながら、彼がすべてを取り仕切ってくれるならもう何の心配もない。
彼女の息子を振って出てきたというのに……女に不利なこの国の制度を、彼女も気に入らないのだろう。
カスパル卿を見たときの嬉しさをナデァとキーランド卿も感じていたらしく、二人も少し後ろでぺこぺこと嬉し気に頭を下げていた。
「どうぞ、お入りください」
カスパル卿は白手袋をはめた手を家の内側へ向けて微笑んだ。
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