第25話

侍女に取次ぎを願い、応接間に通される。


「あらあら、お連れくださったのね。ありがとうございます」


 リシェル妃は困ったように微笑んで、キーランドの腕の中で眠る王子を見た。王子を侍女に引き渡し、私はリシェル妃にお茶に誘われた。


「第二王子は第一王子妃のことを本当にお慕いしているようです」


 リシェル妃は愛想よく微笑んだ。ライトブラウンの髪に青い瞳。三十代半ば、妖艶な美女ね。


 当たり障りのない会話をして半刻ほどおしゃべりをして、私は西の宮殿を辞した。夫が留守の間に、準備しておきたいことが山ほどあるのだ。





 ヴィが護衛騎士を連れて西の宮殿を去るのを見送り、リシェル妃は応接間に戻ってソファに腰を下ろした。


「王子妃は戻られたのですか」


 続きの書斎から、一人の若い女が姿を現した。落ち着いた紺色の質の良いドレス。燃えるような赤毛に氷のような青い瞳。白い肌、均整の取れた肉感的な体つき。リシェル妃とはまた少しタイプの違った、妖艶な美女。


「計画は順調か? 王子妃のあの落ち着いた様子からはよくわからないが」


 リシェル妃は若い女を一瞥してお茶を口に運ぶ。女は夫人の向かい側に腰を下ろす。


「はい、リシェル様」

 

「第一王子には何も気づかれていないな?」


 リシェル夫人は手にした黒いレースの扇を半開きにして弄びながら言った。


「ええ、おめでたいかたです。泥酔しているところを誘ったら簡単について来て、子を身ごもったと言ったら青くなっていたくらいですから。私が王子妃の侍女だったことであのかたの一番の懸念は、私が王子妃に何か言ったかどうかということでした」


「ふん。だからさっさとお前を離れに移したのか。気の小さいこと。お前の世話係も医者も、すべてはこちらの息のかかった者とも知らずに」


 二人の美女は低く含み笑いをする。


「王も王妃も王子も、私が子を身ごもっていると信じて疑っていないようです」


「王子妃はどう思っているのか、まるでつかめないな。今日もいつもどおりのんびり構えていたしな」


「必ずや、王子妃を王子から引きはがしてみせます。成功した暁には、リシェル様、どうかお願いいたします」


「ふん。わかっている」


 リシェル妃は扇をひらひらと振って、すがるようなトリーシャの視線を鬱陶し気に払うそぶりを見せた。


 トリーシャはリシェルの紹介で王子妃付きの侍女になった。王子妃の動向を探らせると同時に、王子の隙を見つけて誘惑しろという命令を受けていた。トリーシャには騎士の恋人がいて、リシェルの実家の公爵家で専属騎士団に取り上げてもらっていた。もしトリーシャが王子夫妻を破婚させることができれば、彼女の恋人はさらに騎士団内での出世が約束されていた。


「あのぼんくら王子を廃してわがルキを王太子にすることができれば、お前もお前の男も、よきに取り計らおう」


 二人の女はそれぞれの未来の利益を想像してほくそ笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る