第23話

「そしてどうか、トリーシャ……子爵令嬢を新しい王子妃になさっていただきたいのです」


「ヴィヴェカ……そなた……」


 王妃は立ち上がり、ティーテーブルの向こう側から私の隣に回って、私の手を取ってそっと握った。


「彼女こそ王子妃にふさわしいと思うのです。彼女は私よりも二つほど若くて健康ですから、これからも両陛下にかわいらしい王孫を何人か御覧に入れることができるでしょう。彼女を王子妃にするほうが、国益につながると思うのです」



「王孫」と「国益」という言葉に、二人がそれぞれに反応したことに私は手ごたえを感じた。よし! いける!


「初めから実の母親が母であるほうが、お子にとってもよいと思われます」


 王妃は私の言わんとしていることに共感して悲し気に目を伏せる。


 王はソファのひじ掛けに肘をついて大きなため息をついた。



「婚姻して六年、お子を持つことができませんでした。殿下は変わらずご寵愛くださいますが、この先もできないかもしれません。どうかお子の母君トリーシャを、王子妃になさってください。お子がお生まれになり殿下が立太子される前に、ご決断いただきたいのです」


 あくまで、国のため、王子おっとのため、生れてくる王孫のためと主張するのは、ヴィが考えて考え抜いた作戦である。自分の利益を主張すればただの我儘にしか聞こえないが、王家や国のために身を引くと言えば、二人の関心は得られるはずだ。王は国の繁栄を最優先に、王妃は跡継ぎを最優先に考えるだろうことは、この六年間のつきあいで容易に予想できる。



「……それで、そなたはどうするというのだ?」


 王が諦めのため息とともに言葉を吐き出す。


「そなたは平民の人気が高い。廃妃となれば、国民はどう思うか。王家は民に憎まれるやもしれぬ」


 私はやわらかな微笑を浮かべてうなずく。もちろん、そう言われるのは想定済みよ。


「はい。そこでご相談なのですが……」


 私は胸を押さえて深く息を吐いた。うまく言わなくちゃね。



「まずは殿下に内緒で破婚の申請書を提出いたしますので、速やかに承認していただきたいのです」


「だがそれは……」


「そこに玉璽ぎょくじ国璽こくじを押印くださいましたらすぐに、保守派の貴族に廃妃論を広めてください。民心の王家への支持を失うことなく、殿下を説得してごらんにいれます」


「そんなことをすれば、ロイスが激怒するのではないか」


「そこはわたくしがうまく説得いたしましょう。それに民のほうにも、さらに王家の好感度を上げる噂を流します」



 私の隣に座る王妃はぽかんと口を開けて私を見つめた。何も知らない純真な少女が、まるで宰相のような知略を説明していることに驚きを隠せないようす。目の前の国王も戸惑いながらも感心のまなざしを私に向けていた。



 手ごたえ、アリね。



 広い部屋中をスキップしたりごろごろ転がったりして喜びたい気持ちを抑え、私はお二人ににっこりと微笑んだ。

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