第21話

今、なんて言ったの?




 細い首筋、美しい小さな輪郭。昔は美少女といっても誰もが疑わないほど華奢だったけれど、いまだに大人の男性というよりはまだまだ中性的で少年のように見える。しかし今日の彼は少し違っていた。


 今までに見たことのない(=ヴィの記憶にはない)、冷ややかな表情。


 今までに聞いたことのない(=以下同)、冷ややかな声。



 いつも太陽のようにとろけそうなまなざしを向けてくる彼の瞳は、冷たい月のように凍り付いて宙をうつろに見つめている。まるで別人のような暗いまなざしに私は少し不安になって、彼の薄青のジュストコールの袖をそっと引いた。


「エラード? 今、なんて言ったの?」


 エラードはすぐに天使のような無邪気な笑顔を私に向けた。

 

「え? いえ、ちょっとした独り言が声に出てしまったようです。それよりも、本当に大丈夫ですか? さあ、抱きしめさせてください」


 両手をそっと広げたエラードに、私も両手を胸のあたりまで上げる。彼は愛し気に私を見つめると、ふわりと抱きしめてきた。

 


 夫以外の若い男性であっても、ヴィがエラードの親密な態度に何も抵抗を感じないのには理由があった。


 まだ王子妃になって間もないころ、様々なしきたりや彼女に好感を持たない貴族たちへの対応に神経が参っていたころ、十三歳のエラードがひょっこりとやって来てあることを提案した。


「お姉様が公務や生活に慣れるまで、おそばで補佐します」


 そして彼は可憐な侍女に扮して、彼女のそばでいろいろと助けてくれたのだ。夫のロイス王子は、エラードがまた何か新しい遊びを思いついたと笑って見逃していた。国王夫妻も、王子妃のためになるようだと容認した。エラードの父のヒューゲル大公は、何を言っても言うことをきかないので放任していた。


 ただひとつ、彼女ヴィが知らないことがあった。



 エラードはたった三歳の頃に魔力が発現して以来、彼は誰にも心を開いたことはなかった。両親に甘えたことはなく、周りの人々には冷酷で無関心だった。彼に取り入って甘い汁を吸い上げようとした人々は、ことごとく不慮の事故や病気で命を落とした。彼はそれらを魔術で秘密裏にやってのけるので、誰も証拠をつかむことはできないのだ。


 天使のような容姿に、悪魔の魂を持つ子供。そんな彼は従兄の婚約者に初めて会った時から、彼女に心を奪われていた。彼女のためならば、何でもしてあげたいと思っていた。



 どうして私にこんなことがわかるのかしら。これが転生者のチート能力ってやつ?




 彼は私の肩に顎を載せて、私の香りをそっと胸いっぱいに吸い込んで幸せを享受した。普通ならキモいけど、キレイな子だから許せる。


 あ、でもこれ、ヤンデレキャラ決定だな。


 彼の容姿は女性を惹きつけて止まなかったが、彼はヴィ以外の誰にも興味を示さない。うっとりと目を閉じて、腕の中の私の柔らかさと体温に酔いしれる。



「エラード、エラード? ちょっと、苦しい……」


 腕の力が強くなったので、私はエラードの肩を軽く叩く。エラードははっと我に返り、私をそっと解放した。


「あっ、ごめんなさい」


「いいの、気にしないで。さあ、行きましょう?」


 私は手を差し伸べた。エラードはその手を壊れものを扱うようにそっと取って、自分の腕に添えさせた。


「はい、お姉様」

 

 私たちは再び、廊下を歩き始めた。



 彼は邪悪な光を宿した美しい目を細め、冷たい微笑をひそかに唇に浮かべた。

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