第20話

「お姉様に会いに来たのですが、図書室にいらっしゃると護衛騎士に聞いたので、来てみました」


「キーランド卿に? そう」


「彼には私が執務室までお姉様をエスコートすると伝えておきました」


「ええ。ではそのように、お願いするわ」


 エラードはますます嬉しそうに目を細めた。天使のような微笑、あざとい。そして彼は手を伸ばし、上から二番目の棚から黄色い本を手に取ってヴィに渡した。


「父方の従姉妹たちも最近はこの本のことばかり騒いでいます」


 エラードは国王の妹姫を母に、国王のまた従兄にあたるヒューゲル大公を父に持つ、大公家の跡継ぎだ。父方の叔父には五人の娘たちがいて、彼女たちに囲まれて育ったせいで女性の好みをよく理解している。


 ヴィが王子妃になった時、彼は十三歳の少年だった。初めて会った時から、彼はなぜかよくなついてきた。兄弟のいなかったヴィはまだ幼い第二王子やエラードのことを、弟のようにかわいがっていた。



 しかし今はエラードも成人したために、ヴィは昔のようになれなれしくすることを避けていた。あまり彼に構いすぎると、夫の機嫌が悪くなるのだ。


「大恋愛の話だそうですよ」


 本物のヴィだったら、「大恋愛の話」ときいて頬を赤らめるかもしれない。でも、中身はもう違うの。私は唇の端を引き上げて蠱惑的な笑みを浮かべた。エラードがちょっと驚いて息をのむ。ふふ。私にだって、小悪魔演技はできるのよ。


「お、重いでしょう。私がお持ちします」


 少し上ずった声で落ち着きを装ってそう言うエラードに、私はやわらかな笑みを向ける。



 私たちは廊下を並んで歩く。


「お姉様。まだ声の聴こえない魔法を姿の見えない魔法と一緒にかけているので、気軽にお話しください」


「わかったわ。それで、今日はどうしたの?」


「はい。実はその……耳にしたのです。殿下が、お子を授かったと」


 エラードは目を伏せた。私は苦笑して微かにうなずいた。


「ああ、殿下からお聞きになったのね」


「それで、お姉様が心配になったのです。悲しい思いをしていらっしゃるのではないかと思いまして……」


「心配してきてくれたの? 大丈夫、私は悲しくないわ」


「殿下はひどいかたですね。一生、お姉様だけを愛すると誓ったくせにこんなこと」


「仕方ないわ。私がお世継ぎを産んで差し上げられないから……」


「お姉様は、悪くありません。それよりも、本当に大丈夫なのですか? 身ごもった侍女に、なにかひどいことはされていませんか?」


「それも心配ないわ。彼女はもう私の侍女ではなくて、殿下が離れの宮にお移しになられたから……顔も合わさないのよ?」



 ぴたり。

 


 エラードが足を止める。彼の腕に手を添えていたヴィも止まる。彼はうつむいたままぼそぼそと低い声でつぶやく。


「――殺して差し上げましょうか?」


「えっ?」

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