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第19話
やってきたのは王妃の最側近の侍女である、とある伯爵夫人だった。
ここ数日、私が部屋にこもっているのを心配した王妃が、様子を見に来させたらしい。ああ、私が王子からトリーシャのことを聞いてショックを受けていると思っているのかも。最初はちょっと微妙な感じだった国王夫妻は、今ではヴィヴェカを実の娘のようにかわいがってるから。
実際は廃妃に向けての様々な計画を立てるのに忙しかっただけなんだけど……なんか申し訳ないので、お気遣いに感謝する手紙を書いて伯爵夫人に持って行ってもらった。そこには、三日後に両陛下に謁見したい旨も書き添えておいた。それまでに王族の離婚に関する判例や実例を調べて、お二人を納得させる離婚理由を考えなくちゃいけない。
伯爵夫人が戻るとすぐ、私はキーランド卿と共に図書室へ向かった。
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王宮の図書室は、まるで知識の海原だ。
古今東西、外国の本や古書も含めれば三千万冊以上もの本が所蔵されているという。
廃妃になろうと計画を立てて四日目。その日も午後の空き時間を利用して私は本棚をあさっていた。
キーランド卿に命じて本を五冊、こっそりと王子妃の執務室へ運ばせる。彼が図書室を出るときに何の本を持ち出すのかわからないよう、司書の注意を引くために話しかける。作戦は見事成功して自分も図書室を出ようとしたとき、ふとある一角が目に入った。
そこは物語や小説の集められた棚だった。
ゆっくりと歩み寄り、ぎっしりと棚に詰まった本を見上げる。この七年間、学術的なものか実用的なものしか読んでいなかったことに気が付いた。ヴィにとってフィクションは、幼い頃に母が読んでくれたおとぎ話をおぼろげに覚えている程度だった。
「――上から二番目の棚の、あの黄色い背表紙の本、若い女性たちの間で人気があるらしいです」
背後から聞き慣れた声が静かに降ってきて、私は振り返って微笑む。
「公子。ごきげんよう」
「ごきげんよう、ヴィヴェカお姉様」
まばゆいブロンドの髪、はちみつ色の瞳。男性にしては華奢で中性的な美しさの青年。夫であるロイス王子の従弟にあたるエラード公子が、胸に左手を置いてお辞儀をした。今年二十歳になる、若手では国一番の実力を持つ魔術師でもある。
「お久しぶりですね、公子」
ヴィがそっと囁くと、彼は細く長い指をぱちりと鳴らした。
「普通の声で話しても大丈夫です。私たちの声は、誰にも聞こえませんから」
どうやら、防音魔法をかけたらしい。魔方陣を描いたり呪文を詠唱したりしないで魔法をかけることができるから、彼は天才と言われている。
「さすがですね、公子。お元気でしたか?」
「……誰も聞いていないのです。エラードとお呼びください」
彼は私の手を取ると恭しく口づけた。私は苦笑する。
「もう子供ではないのですもの、名前でお呼びすることはできません」
「そんな寂しいことはおっしゃらないでください」
エラードは蜂蜜のような大きな瞳を上目遣いにして、悲し気な表情で私を見つめた。子猫のような媚びた仕草を彼が見せるのは、この世でヴィに対してだけ。そしてそれがどんなに効果的なしぐさなのかは、彼はよくわかっていてやっていた。
この子、小悪魔ね。
夫しか異性を知らない純情なヴィなら簡単に騙されるでしょうね。でも転生前の記憶の残る私は簡単には誘惑されないわ。
私はエラードのやわらかなブロンドの髪のこめかみのあたりにそっと指を通す。背はすでに五年ほど前に追い抜かれてはいても、
私の指先が髪に触れると、彼は恍惚と目を細める。それが本当に猫のように見えて、魂胆がわかっていてもつい彼がとてもかわいく思える。
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