第18話

「王宮を出て、新しい人生を始めるの。なにか商売を始めてもいいし、行ったことのない街や国を旅するのもいいわね。誰も私のことを知らないどこかに行って暮らすのもいいな。料理をしたり、絵を描いたり、友達をたくさん作ったりしたいの」


「でも……王子殿下は合意してくださらないと思います。恐れながら、王族の離婚は多くの手続きと長い年月がかかるかと」


「確かに、王族の離婚は簡単には認められないでしょう。それでも、私自身のために、そして生まれてくるお世継ぎのために、できるだけ短時間で不可能を可能にしたいの。殿下は断固反対なさるでしょうけど……今回、殿下が私になさったように、事後報告の形にすれば反対されても何もおできにならないはずよ」


 純真で従順な今までの(本物の)ヴィをよく知る二人は、ここ数日で成熟し開き直って余裕のある態度(=ずうずうしくなったともいう)のヴィわたしに驚きと感心を向けた。まぁ、中身が酸いも甘いも嚙み分けたアラサーに入れ替わったなんて、思いもよらないでしょうね。



 それでも大きな目をキラキラと輝かせて私の利己的な願望を聞いていたナデァは、胸の前で両手を組み合わせて意欲満々、身を乗り出して嬉しそうに言った。


「ヴィ様! どこまでもお供いたします! なんでもお申し付けください!」


 こくこく。その隣でキーランド卿もうなずいてみせた。



 かくて私たち三人は、「廃妃になろう」作戦をひそかに進めることにした。




✣✣­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–✣✣




 作戦開始から三日目。


 三人の主従は王子妃の居室の隅で作戦会議を開いている。


「――王族の離婚に関する資料を集めましょう。それから両陛下を説得するのよ。お二人が十分に納得されるような理屈が必要だわ。くれぐれも、殿下に知られないように動かないと」


 ヴィの言葉に侍女と護衛騎士は深くうなずいた。


「では、ヴィ様はキーランド卿と資料集めを進めてください。私は父と連絡を取り、城を出た後の準備を進めておきます」


「あら、ラルドおじ様は、今は隣国の……ヴァイスベルク王国の内戦に出向いているのではなかったの?」


 ナデァの父ラルドは子爵位を持つ貴族であるが一方では商人で、傭兵団のボスでもある。ナデァは唇の両端を引き上げた。


「先ごろ、終戦しまして無事戻って参りました。あちらの国では新国王が即位なさいましたので。ついでにもうひとり頼りになる者も父と共に戻りましたので、そのうちご挨拶させていただきますね」


「あら、もしかしてあなたの兄君かしら?」


「はい。六年ぶり帰国したんです」


「ふふ。いつも自慢していたものね。無事戻ってこられてよかったわね」


 ヴィの記憶によると、ナデァは幼い頃に隣国の戦争に行ってしまった兄のことをヴィによく話していたっけ。あのラルドの息子ならさぞかしイケメンで勇猛な傭兵に違いない……と思ったら、ナデァの母親の連れ子だったらしい。つまり彼はナデァの異父兄で……彼の父親については彼女は何も聞かされていないらしい。


「あの、大事おおごとになると困ると思って誰にも話してなかったのですが……」


 ナデァはもじもじと躊躇ためらいながら言った。


「ヴィ様が湖に落ちたとき、キーランド卿がお助けしたと殿下にはご報告したのですが」


 ちらりと彼女はキーランド卿を見た。彼も気まずそうに下を向く。私は首をかしげた。なに? ヴィが湖に身を投げたときに、彼女の知らない何かがあったのかしら?


「実は……」



ナデァは思いつめた表情で何かを告白しようとしたとき、誰かがドアをノックする音が聞こえた。

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