外堀は確実に埋めるべし
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第17話
王子宮の小ホールはガラス張りのクーポルから、色付きガラスを通った日の光がモザイクの床に差し込んでくる美しい部屋。
普段はここに置かれた長椅子に横たわって、ナデァの奏でるピアノを聴きながら読書をしたりするんだけれど。今日は窓辺の隅っこに置かれた丸テーブルで、私とナデァ、護衛騎士のキーランド卿の三人で、こそこそと円卓会議を行っている。
百九十センチ近い長身の大柄で鍛え抜かれた体躯を紺色の近衛騎士団の制服に身を包んだ若い騎士は、日に焼けた彫刻のような端正な顔に正直な困惑を浮かべた。プラチナブロンドの短く刈り上げた髪のうなじのあたりを大きなごつい手でさすりながら、明るい栗色の瞳は動揺で泳いでいる。
たった今、
「ででで、殿下。このことは王子殿下には……」
彼はかろうじておそるおそるそう尋ねてきた。私は小首をかしげてにっこりと笑った。
「もちろん、まだ何もご存じないわ。あなたたちしか知らないことよ」
ごくり。キーランド卿がつばを飲み込む。百戦錬磨の勇猛な騎士も、王子妃が離婚したいと言い出したことにはさすがに仰天したらしい。
「ナデァは私が王宮を出ると言えば一緒に来てくれることはわかっているのだけど、あなたは王子殿下に任命された私の護衛騎士でしょう? 今後の身の振り方はあなたの意志に任せるとして、とりあえず私がこれからしようとすることを説明したかったの」
ヴィが王宮に上がった時以来七年間、彼はヴィに仕えていた。ロイスが彼を護衛に任命してすぐに、彼はヴィに騎士の誓いを立てた。キーランド卿はヴィと同い年で、とある伯爵家の三男で最年少で第一王子の近衛騎士に任命された、謹厳実直・勇猛果敢なマッチョ系イケメン騎士なの。
私はナデァにしたように、離婚を決意した経緯について彼にも話してあげた。
「——ということで、いろいろと根回しして離婚したらここを出て行きます。卿が近衛隊に戻りたいなら、王子殿下にお願いしてみるわ」
するとキーランド卿はぷるぷると小刻みに肩を震わせて、両手のこぶしでどん、とテーブルを叩いた。私とナデァはびっくりして、ぴゃっと一瞬椅子からおしりが浮き上がる。
「妃殿下!」
「はっ、はい?」
キーラン卿は大きな体をぷるぷると震わせる。
「私は七年前に妃殿下に一生の忠誠を誓いました。私もどこまでもお供いたします」
「そ、そう……私について来ても、何の地位も名誉も望めないのに?」
「妃殿下のもとを離れてお守りできなくなることこそが、私の不名誉です」
あぁ。なんて素敵。超感動するわ。恋人でもないのに、こんなに一途で誠実だなんて。騎士道ってやつね。彼氏にもこんなこと言われたことのない前世とは大違いだわ。
「それで……妃殿下は離婚してどうなさるおつもりですか?」
キーランド卿がおずおずとうめくように遠慮がちに質問してくる。
私はにっこりと微笑んだ。
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