第15話

ヴィは時々、彼に対してうしろめたさみたいなものを感じていた。一目惚れされて好かれて愛されて……ちょっと溺れ気味になりながらも、必死にその気持ちに応えようとしてきた。もちろん、彼女も夫のことが大好きだったし、愛していると思ってた。



 でも、


 でもね、


 まだまだ男尊女卑の色合いが濃いこの世界で、ゴージャスな男性に見初められて何不自由なく暮らせるという稀有な幸運を受けてはいたけれど、ヴィはいつも心のどこかに虚しさを感じていたの。


 惜しみない愛情を注がれて幸せに窒息しそうになりながら、一方ではそれを享受する対価として手放さなければならない自由をかろうじて繋ぎ止めて手放したくはなくて、ずっとためらい続けてきたの。


 ヴィになった私もそこは激しく共感できる。



 目覚めた日。


 アラサーの「ゴミ拾い・リサイクラー」の失業者から、二十二歳の美しい王子妃になったことに気づいてラッキーだって思ったわ。


 夫は本物の王子様でイケメンで、舅も姑もすごくいい人。まぁ、臣下や使用人たちは半分以上が私を見下してるけど。


 豪華なドレスやアクセサリーにおいしい食事(朝と夕の二回しかないけど)とおやつ。


 愛されて庇護されての、素敵な籠の鳥生活。


 でも、それって三日もすれば退屈してきちゃうの。


 毎日薄給であくせく働いていると何もしないゴージャスな暮らしを夢見るけれど、いざそういう暮らしをすると時間に追われていた日常が懐かしく思える。人間って、なんてないものねだりな生き物なのかしら。


 私の中身が世の中の辛酸をなめてきたアラサーの記憶があるせいなのか、王位を継ぐ予定の(ヴィの六年間の結婚生活の記憶による)チャーミングな夫は、どこか頼りなく物足りなく感じる。リサイクルの必要があるダメ男ではなく血統の良いさわやかなおぼっちゃまで、とてもやさしくてとても愛してくれているけれど。



 ヴィは、毎月一度訪れる彼と同衾する日の朝は、憂鬱な気分になっていた。


 プリンス・チャーミングには、ひとつだけ至らない点があったから。



 彼は、閨事ねやごとがお上手とは言えなかったの。



 教育係の伯爵夫人は、初めの一回だけ我慢すればいいと言ったでしょ。でも、ヴィはこの六年、ずっと我慢してきたの。彼は自分の欲求を満たすと寝ちゃうのよ。信じられる? いくら何でもそれはないでしょ? 平均して毎回二、三十分、ヴィは耐えるの。時には一度で済まずに二、三回耐えるの。夫のことは好きだけど(そもそも、彼以外の異性は知らないし)、ヴィは彼と寝るのが苦痛で仕方がなかった。


 そのことを知るのはナデァだけ。気の毒に思った彼女は、極秘ルートで潤滑剤や軟膏を入手してくれた。ね、わかったでしょ? 彼女のロイスに対する、生ぬるい苦笑の理由。不敬になるから口にできないんだけど。



 ああ、なんか、ヴィがかわいそうになってきちゃった。


 せっかく若くてきれいなのに、愛玩動物みたいな生活なんだもの。



 もしもにいなわたしだったら、ダンナがよそで作った子の母になれと言われて素直にはいとは言わないわ、絶対に。




 

 ぽんぽん。私は再びナデァの背を優しく叩いた。



「まぁ、落ち着いて。私、みんなが幸せになれる方法を思いついたわ」


「はっ?」



 びくりと細い肩を縮めて、ナデァは顔を上げて大きな瞳で私を見上げた。私は唇の両端をくいっと上げる。

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