第14話

「ナ、ナデァ……?」


「ひどいです……殿下は……」


 彼女はヴィわたしのためにぽろぽろと涙を流した。私はあわてて彼女の涙をレースのハンカチでそっと吸い取る。


「泣かないで、ナデァ」


「ヴィ様がこんなひどい扱いを受けるなんて……」


「うーん、そんなひどくもないわ」


「ひどいですよ! あんな性格悪い女が産む子の母親になれだなんてっ!」


「子に罪はないでしょ」


 よしよし。私はナデァを抱きしめて背中をさすった。



「子、ね。結婚して一年も経たないうちから、お世継ぎは王孫はと、周りからせっつかれてたわね……」


「失礼な話ですよねっ!」


「臣下たちはあからさまだったわね。両陛下も……何もおっしゃらないけど、王孫を心待ちにしていらっしゃるのよ」


「だからと言って!」


 悔しがるナデァに私はやわらかい苦笑を向けた。




 頭の中に、ヴィヴェカの記憶と感情が浮かんでくる。



 初めは国王夫妻は複雑な気持ちだったみたい。でもロイスがヴィヴィカ以外は誰とも結婚しないと言い張って食事を拒否して寝込んでしまったので、仕方なく認めたのね。それでも、ヴィヴェカのまるで高位貴族の令嬢のような気品と優美さを目の当たりにして、両陛下とも彼女をかわいがってくれたみたいだけど……


 政治的には何の利点もない結婚。


 王子の愛情だけが頼みの綱。


 もしも彼が自分に飽きてしまったら?


 ヴィはそんな不安を常に抱えていたみたいね。




 ロイスはヴィに永遠の愛を誓ってくれた。


 でもいつかは彼の愛も冷めるかもしれない。


 ああ、にいなわたしもその気持ちはよぉくわかるよ。


 きみだけだよ、愛してるよ。みんな気軽に愛を誓うけど、みんないなくなったもの。


 確実なものなんて、きっとお金とか金とかダイヤモンドくらいよ。



 世継ぎを生みなさいと言うプレッシャーは、ヴィにとってはストレスだったみたい。


 ロイスはあまり気にしていなかったけれど。


 一年経っても二年経っても、妊娠の兆候はなかった。


 国王夫妻は謁見するたびに、なにか言いたそうな意味深な視線を彼女に向けていたけど、結局は一番言いたいことは言ってこなかったし。


 下手なことを言って嫁にプレッシャーを与えて息子が怒り出すのを懸念していたのかもね?



 五年目からは重臣たちからロイスに側妃を迎えてほしいと進言が上がり始めた。


 それでもロイスは妻はヴィひとりだけという誓いを守り抜いて、どんな美しい令嬢を勧められても見向きもしなかったのね。


 だから今回は彼はハメられちゃったんだと思う。



 シュタイン王国の国王と近隣国の王女だった王妃との間に生まれた第一王子として、たくさんの祝福と愛情を受けて何不自由なく育った王子様。ヴィを心から愛して大事にしている。新婚の頃のように情熱的に求められることは無くなったけれど、穏やかで幸せな毎日が送れるのは彼のおかげ。


 両親はどちらも早くに他界してしまったから、この世でヴィに「愛してる」と一番たくさん言ってくれる人がロイスなの。彼は我儘でも自分勝手でもないし、ヴィに声を荒げたこともない。すごく彼女を愛して大切にしてくれている。


 でも……


 でも。

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