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第13話
ロイスは席を立った。そして私のこめかみに再びキスを落とした。
「そういうことで、トリーシャをあなたの侍女から罷免するよ。代わりの者は近日中に手配する。それまでちょっと不便をかける」
「はい……承知しました」
「うん。ではまた、晩餐で会おう」
来た時よりはいくぶん余裕のある足取りで、王子はすがすがしい表情のまま温室を後にする。その姿が見えなくなると、ヴィの背後のナデァが眉根を寄せてぽつりとつぶやいた。
「……どういうことでしょうね」
ヴィは長くゆっくりとため息をついた。
「ただの事後報告のひとつよ……」
「よりによって、トリーシャとは……」
ロイスによれば、彼は別にトリーシャには何の感情もないらしい。
国王の側妃の実家であるアイレンベルク公爵家に招かれたとき珍しく泥酔して……明け方目を覚ましたら彼女が同じベッドにいたらしい。そのひと月少し後に、彼女から妊娠を告げられた、と。
六年間……ヴィには一度も懐妊の兆候がなかったのに。たった一度の過ちで、トリーシャには子供ができた。
「私はあのメギツネが大っ嫌いなんです」
ナデァは唇を尖らせた。仕事はさぼる、ひとの悪口を言う、陥れる。ひとの恋人を奪う。気に入らない侍女やメイドをいじめる。自分は国王の側妃の実家の後ろ盾のある子爵家の娘だからと、王子妃のヴィをあからさまに見下している。そんな性格の悪いトリーシャを、まっすぐで正義感の強いナデァは毛嫌いしている。
「殿下……敵陣で油断されましたね。お父上と同じ手を使われるなんて」
確かに。私はこくりとうなずいた。
ナデァは賢い。
国王の側妃リシェル妃は現アイレンベルク公爵の妹だ。王妃の侍女をしていた時に、ちょうど同じ手を使い国王を誘惑し、子を身ごもって側妃の座に就いた。その時の子が第二王子のルキだ。まだ七歳。ヴィが王宮に上がった年の秋に生まれた、ロイスの年の離れた異母弟。リシェル妃と彼女の兄のアイレンベルク公爵は、ルキ王子を王太子にしようとなにやら企んでいるのはみんななんとなく気づいている。
自室に戻ったあとも、私はぼんやりと考え込んでいた。
夫の浮気。
これは紛れもない妻に対する不貞行為だ。
でもこの世界では多分、それは取るに足りないことなのだろう。仮にそれが罠だったとしても、ロイスはトリーシャに気があるわけではないみたいね。彼女とのことは一貫して事故のような処理の仕方をしているし。
結婚して六年、ヴィヴェカが妊娠しないから、この際、子供だけは引き取るつもりなのね。いいえ、王家としても重臣たちとしても、平民出身の一代男爵の娘の血筋よりも、子爵令嬢の産む子のほうが、王家の血筋としてはましだと考えたのかもしれない。
でも浮気されるのは、「にいな」のときでも気分のいいものじゃなかった。今回はロイスがはめられただけみたいだけど……
私はため息をつく。
子供ができてしまったのが、最大の問題だわ。
トリーシャが側妃の座を狙ったにせよ公爵家の姦計にせよ、子供には罪はない。
実の母親がいるのに私が母になるなんて。
事実を知ったら傷つくだろうし、生みの母に会いたいって思うんじゃないかな……
「ヴィ様……っ!」
はっと我に返ると、私の手を取ったナデァが、大きな目をなみなみと潤ませながら私を見つめていた。
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