サレ妻王子妃のすてきな思いつき
1
第9話
「殿下」
天使の梯子が高い天井から差し込む
花々が咲き乱れる石畳の小道を、二十三歳になった王子ロイスが大股でゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。結婚当初はまだあどけなさの残る青年になりかけの少年のような危うげな魅力があったが、今や立派な青年だ。
明るいレモンブロンドの髪もエメラルドグリーンの瞳も、相変わらず彼の無敵のチャームポイントであり、彼をいかにも王子らしく魅力的にみせている。甘い感じのイケメンだわ。
結婚して六年経った今でも、彼はいつでも若い令嬢たちの注目の的だ。
「あ、挨拶はいらない。楽にしていて」
「では、お言葉に甘えさせていただきます、殿下」
私は淡く苦笑を浮かべて椅子に座りなおす。ナデァは素早く王子のための席を整え、お茶を注いでテーブルから五歩離れて控える。
「顔色がいいようだね。よかった」
彼は私の手を取り、屈みこんで左のこめかみにキスを一つ落として隣の席に着いた。ふわりとベガモットのようなさわやかな香りがする。
「おかえりなさいませ」
ロイスはにっこりと微笑んでうん、とうなずいた。あらあら。かわいいのね。わしゃわしゃと、頭を撫でたくなっちゃう。
「実は、話があるんだ」
ロイスはエメラルドグリーンの瞳をくるりと回して右斜め下を向いた。あら? 私は首をかしげた。夫が右斜め下を見るときは、何か伝えにくいようなことを言おうとしている時である。この六年間で気づいた、彼の癖のひとつである。たぶん、彼自身も気づいていないようなささいな癖だ。
「なんでしょうか」
威圧的に聞こえないように、静かに、ゆっくりとした口調で私は言った。彼は左手を揚げて頭を掻きながら、右斜め下から左斜め下に視線を泳がせた。
(今度は一体、何かしら? そんなに言いづらいことなの?)
根気よく彼が話し始めるのを待ちながら、私は心の中でつぶやく。
(トラを飼ってみたいとか、庭園の木の上に小屋を作ってみたいとか、大抵は他愛ない子供っぽい無茶なことを言うときの態度だけれど……)
「うん、実は、報告というか相談というか、話しておきたいことがあるんだ」
「はい」
(もったいぶるわね……なにかしら?)
「私たちは結婚して今年で六年になるね。出会って七年になる」
「はい」
「それで、まえまえから母上には早く子を持てと言われている」
「はい……」
「でもこればかりは、いくら欲しくてもどうにもならないものだよね」
「ええ……」
ヴィはテーブルの上のフルーツタルトに視線を落とす。つやつやと光っていて、とてもきれいだ。
「私は変わらずにあなたを愛しているけど……」
王子は浅いため息をつく。
「……」
うなずくのも忘れて、私は王子をじっと観察する。
(もういいから……本題に入ってくれないかしら?)
「……」
王子は何かを一瞬言いかけてからまた口を閉じた。そしてちらりと私の背後に立つナデァを一瞥する。
「――彼女は、下がったほうがよろしいでしょうか?」
王子の視線をたどり、私は気を利かせてナデァを視線で示した。しかし王子は首を横に振る。
「いや、どうせ彼女にもあなたからすぐに知れるだろうから、いてもらっても構わない」
「はい……」
王子は咳払いをする。
そして彼は、他愛ないいたずらを母親に告白するように神妙な面持ちで言った。
「実は、子ができたんだ」
ヴィとナデァは驚きで目を見開いて、同時に声をそろえて叫んだ。
「えっ⁈」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます