第8話

本来ならば、幼い頃に婚約して未来の王妃としての教育が施される。


 王国・王室の歴史はもちろんのこと、臣下たちの家門について、近隣諸国の王族・貴族たちについて、政治、歴史、マナー、ダンス、語学に芸術などなど……大学の一般教養の超スパルタ版のような教育を受けなければならない。


 王宮に暮らし、自然と王族や貴族たちに接することで顔つなぎにもなるし接し方や勢力図の把握などして慣れてゆく。


 ほかの上位貴族の令嬢たちと交流し、将来の側近を見つける。


 

 しかしヴィは元平民の一代限りの男爵の娘であり、上位貴族とは何のコネも面識もない。


 知り合いもいなければ、親切にしてくれる味方もいない。


 王宮では、彼女は完全にアウェイだった。



 舞踏会の夜の突然現れた父の親友ラルドは、ヴィの後見人となりいろいろと力になってくれた。彼の愛娘ナデァは、ヴィを助けるために一緒に王宮に来てくれた。彼女は唯一のヴィの侍女であり、無二の親友だ。王宮での生活がどんなに肩身が狭く辛くても、ナデァが常にそばにいてくれたからヴィは耐えらえた。



 そう……



 一見すると華やかで贅沢三昧できそうな王宮での生活は、実は冷酷で少しも気を抜けない恐ろしいところだ。


 ヴィの場合は、何年もかけて通常は学ぶことを一年問という短期間で学ばなければいけなかった。まさか、王子妃になるとは夢にも描いていなかったためにこれは突如降ってわいた大試練だったけれど、もと伯爵令嬢の母の的外れな貴族令嬢のマナーや知識がずいぶんと役に立ってくれた。


「商人の娘とは思えない、優雅な立ち居振る舞いです」


 教養の先生である老伯爵夫人はそう言って感心した。


 でも、彼女に好感を持ってくれる人はほんの一握りしかいなかった。



 プライドなのかなんなのかは彼女にはわからないが、多くの貴族たちは「もと平民商人の一代男爵の娘」であるヴィを蔑んだ。


 しかし彼らは彼女が第一王子——将来の国王——の最愛の存在であるために、表立って攻撃することはできなかった。


 不快ではあるが、生ぬるく生きて行ける場所。


 それがヴィヴェカにとっての王宮生活だった。





 そうだよね。結婚って、本人たちだけの問題じゃないから。まして相手がVVIPだったら……見初められたから幸せに暮らしていけるってだけでは済まないでしょうね。


 私はほう、と深いため息をついた。


 紅茶の香気がやわらかな午後の日差しに溶け込んでゆく、明るい温室。


 白いテーブルクロスのかかった大きな丸テーブルでお茶を飲んで物思いにふけっていると、誰かが背後から私の名を呼んだ。


「ヴィヴェカ」



 聞き慣れた声。


 大股な足音がゆっくりと近づいてくる。



 私はティーカップをそっとソーサーにおいて優雅な笑顔を声の主に向けた。

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