第5話

「あ、そうそう、昨夜は同衾どうきんの儀でしたね。ではまずは湯あみのお手伝いをしますね」


 ナデァは手を差し出した。私は何の不思議もなく彼女の手を取った。すると彼女は私の手をそっと引っ張って、いつものように・・・・・・・ベッドから下りるのを手伝ってくれた。


 そのまま彼女は私の手を引いて浴室に連れていく。手を引かれながら私はぼんやりと考える。


 同衾のって……ああ、わかった。



 昨夜は、ひと月に一度の「同衾の儀」の日だった。夫婦が一緒に寝て、房事をする日。


 ということは……私が昨夜関係を持った相手はまぎれもなく、私の夫だ。



 夫?



 生前は一度も結婚したことなんてなかったのに。




「殿下は明け方すでに御領地の訪問に出かけられました。三日後にお戻りになるので、お茶の時間に温室でお会いしたいとのことでした」


「そう」



 殿下。私の夫のことか。


 ええ、そう。ひとつ年上の夫の名前はロイス・フォン・シュタインベルク。この国シュタインベルクの第一王子にしてもうすぐ王太子となるひと。


 そして私の名前はヴィヴェカ・フォン・シュタインベルク。第一王子妃として認識されている人物。




「どうされましたか? ヴィ様。ぼんやりされて」


 はっと我に返る。


 湯あみを終え、身支度を整えてもらい、鏡の中の自分を見て息をのむ。


 グレージュの緩やかに波打つ長い髪。小さな顔にばら色の頬と赤い唇。小ぶりな鼻筋に、菫色に金色の散った輝く瞳。いまだに少女のような、それでいてはんなりと色香の漂う、若く美しく儚げな貴婦人。


 王子に見初められて王宮に上がったのが確か十五歳。国中の人たちに祝福されて王子妃になったのがその一年後。だから今は……うわぁ。まだ、二十二歳⁈


 うわぁ……ゴージャス!


三月みつきぶりの房事でしたので、きっとお疲れになったのでしょうね」


「え?」


 三か月ぶり? なんでまた?


「青い森の別邸でヴィ様が湖に落ちたときには、肝が冷えました。今だからお伝えしますけど、一度は心臓も呼吸も停止したのです」


「ええ?」


「でも、奇跡的に助かったのです。ふた月ほど、寝込んでおられて。昨夜はあれから初めての同衾の儀でしたので」


 二十一の乙女が悪びれる様子もなく、こてんと首をかしげて笑顔で言う。


 

 私は呆然としながらも納得した。


 なるほど。ヴィヴェカも三か月前に死んだのだ。もしかしたらその時が「にいな」が死んだ時で、私たちは偶然にも中身が入れ替わってそれぞれ生還したのかもしれない。もちろん、むこうの世界で私になったヴィヴェカが生き返ったのか、あるいは別人が私になったのか死んだままなのかは知るすべがないけど。


 私は「メンのゴミ拾い・リサイクラー」の失業者から若く美しい王子妃になってラッキーかもしれないけど、もしもヴィヴェカが私になってたら……きっと嬉しくないわね。



「でもまぁ……殿下のことですから……」


 ナデァは小声でつぶやいて、うすい苦笑を浮かべた。

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