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第4話
神崎にいな、アラサーのエステティシャン。
突然失業した日に、暴漢に襲われて自宅近くの路上で死んだ……っぽい。
死ぬ瞬間には今までの人生が走馬灯のように頭に浮かぶと言うけれど、あれはたぶん死ぬ瞬間じゃなくて、臨死体験した時のことを言うのよ。
実際にはそんなことを思い浮かべている暇なんてないって、体験してみてわかったわ。
思えば、つまらない人生だったわね。
母親や姉や友達からは「ゴミ拾い・リサイクラー」と呼ばれてた。
ダメな男ばかり好きになって甲斐甲斐しく面倒を見てあげて、立派に社会復帰させたと思うと自分が捨てられるの。
だれも見向きもしないようなひどい男をまともにして、他の女に取られるって。
人は年を取ればそれなりに賢くなるって言うけど、私の悪癖は幼稚なまま治らなかったわ。
一年以上前につき合っていたタケルも
司法書士の国家試験に合格したとたん、いままでありがとうとさわやかに言って出て行った。
その数日後に街なかを二十代前半くらいの女子といちゃいちゃしながら歩いているのを見かけたから、多分ずっとフタマタしてたんだろうな。
あいつこそ死んだらいいのに、どうして私があんなつまらない死に方をしなきゃいけなかったのかな。
えっ?
あっ。
死んだ?
じゃあ、ここは死後の世界なの? それとも次の世界?
死後の世界って、こういうヨーロッパの十七世紀だか十八世紀だかの王侯貴族のお邸みたいなところなわけ?
はっ。我に返って自分を見下ろす。
柔らかなモスリンの、丈の長いネグリジェ。私、こんな寝間着は持ってなかった。やだ、ナイトブラもしないで寝ちゃったの? 形が崩れるじゃない。胸元がスース―して心もとな……あら? 私の胸、なんか上向きじゃない? しかもちょっと前より大きくない? D? Eぐらいある? それに……
目の前に両手を伸ばしてみる。きれいなすべすべの白い肌。細く長い指。よく手入れされているツメ。なにこれ? 本当に私の手? チートすぎじゃない?
そして、白く華奢な手首に残る、三本指の跡。誰かに強くつかまれて、鬱血した跡らしい。
これは……明らかに、私が誰かと昨夜関係を持ったという証拠だよね……?
コンコンコン、と軽いノックの音がする。
焦る間もなくおもむろに大きな扉が少し開いて、ライトブラウンの髪をハーフアップにした大きな青い瞳の小柄な少女がひっこりと笑顔を見せた。
「あっ、お目覚めでしたね、ヴィ様」
私は首をかしげる。
「え?」
彼女はドアの隙間からするりと部屋に入り、手際よく重厚なカーテンを押し開けた。私は眩しさに目を細める。ベッドに近づいてきた彼女を見た瞬間、なぜか自然と彼女の名を口にした。
「おはよう、ナデァ」
彼女は大きな青い瞳をほころばせてはにかみながら小さくうなずいた。
「おはようございます、ヴィ様」
——そう。彼女の名前はナデァ。一つ年下の、私の親友にしてたった一人の最側近の侍女。
そして私の名前はヴィ。本当の名前はヴィヴェカで……
かわいらしい人形のような彼女はベッドの乱れを認めて片眉をくいっと吊り上げると、可憐な口元に笑みを浮かべた。
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