そして堕天使令嬢は……
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第48話
「キミはこれからもずっとこの国にいるのかな?」
一同は彼女に注目する。カミーユはちらりとジゼルを振り返ってから口元を引き上げてクリスに言った。
「ああ。私は今後、この国で暮らしていく」
「えっ、ジスの代わりに公爵家を継ぐのですか?」
セヴランが脇から驚いた声で尋ねる。
カミーユは首を横に振った。
「いや、私は……」
彼女は魅惑的な微笑みを浮かべた。
「私は王太子妃専属の魔術師になる」
一同は「おお!」と感嘆の声を上げた。ジゼルは嬉しさでにこやかに目を細める。彼女からその話を聞いていたオーブリーも小さくうなずいた。
「私はジスを守る。やがては彼女の生む王子や王女のことも守る。悪いが、国を守るのではないからな」
「それでいいよ、令嬢」
オーブリーが微笑むと、カミーユは彼に言う。
「あなたのこととか国のことは、私の伴侶が守るだろう」
「えっ?」
「は、伴侶?」
「カミーユ嬢? 伴侶って?」
セヴランたちは驚きをあらわにする。クリスは天を仰いでアハハと笑った。
「そっかそっか。悔しいけど、俺よりもキミには魔塔主のほうがお似合いだろうな。でも、彼に愛想が尽きたらいつでも俺のところに来てね。待ってるよ」
「待たなくてよい。あなたは次の次の冬に、あなたの伴侶に出会うから」
カミーユの平然と告げる予言に、まあ、とジゼルが感嘆の声を上げた。ファビアンが明るいグリーンの瞳に驚きを浮かべる。しかし言われたクリス本人はそれを笑って受け流した。
「はいはい。わかったよ」
じゃあみんな、元気でね~、とクリスはファビアンとともににこやかに去っていった。
王宮に戻る馬車の中で、ジゼルはカミーユに言った。
「ありがとう、カム」
「うん?」
「私のそばにいる決心をしてくれて。半分は……魔塔主のおかげだとわかってるけど、すごくうれしいわ」
「お前は私がいなくてももう大丈夫だと言ったけど。あの腹黒令嬢のような奴がもう出てこないとは限らないからな。それにお前を暗殺しようとするやつも出てくるかもしれない。ファビアンのように、私もあれこれ考えて心配になった」
「ふふ。あなたはどんどん人間らしくなってくるのね」
「だが魔力は、ここに来たばかりのころよりも格段に強くなっている」
「覚醒したからでしょうね。ん? でも……」
「なんだ?」
「あなたは半人半魔だったでしょ? 悪魔としての力が押さえつけられていてなかなか魔力が伸びなかったのは、あなたが半人だったからではなかったの?」
「そうだが」
「でもあなたは、堕天使として……先祖返りのような状態で覚醒したのでしょう?」
「ああ」
「それじゃあ今は半人半魔ではなく、堕天使なのよね?」
「そうだな」
「そうなると魔界に戻る必要はないとして、天界に行かずに人間界にずっといても何の影響も起きないの?」
ジゼルの疑問にカミーユはしばし考えを巡らせた。こくこくと細かくうなずいて、彼女は向かい側に座る従姉妹を見てにやりと笑みを浮かべた。
「ジスお前、案外鋭いところがあるな。なるほど、確かにそれは一度はっきりさせておいたほうがいいのかもしれないな」
「どうやって?」
「うん。覚醒したならば今までのような半端な存在ではないから、魔界だろうが天界だろうが自由に行き来ができると思う。だが、もし何らかの悪影響や不都合があるなら、知っておいたほうがいい。ジネブラ様が亡くなってしまったから、私の師を人間界に呼んで訊いてみようと思う」
「えっ?」
「ええ?」
「はぁぁぁぁぁあああああ?」
リリアとウァラクは普段は犬猿の仲のくせに、全く同じ反応を示した。
「メフィスト様を召喚なさるのですか?」
「マジで?」
カミーユは涼しい表情のままうなずいた。
「ああ。堕天使として覚醒したことの報告もかねて、いろいろと尋ねたいこともあるからな」
早くも二匹の悪魔たちは青ざめて震えだす。カミーユは首をかしげる。
「なんだお前たち、なにか叱られるようなことをしたのか?」
「あ、いえ、してないと言えばしてないのですが、してないとも言い切れないかも?」
「あ、ああ。ほら、お嬢が西の帝国の皇宮をぶっ壊したときとか? 止めることができなくて、お嬢が石になったこととか? 堕天使覚醒をすぐに報告してないこととか⁈」
「なんだ、そんなことか。私の覚醒を止めるというか邪魔していたら、お前たちは今頃不死でなくなって死んでいたかもしれないな。私が石になったことはお前たちのせいではないし、止められることではなかったと師匠も判断なさるだろう。覚醒を報告させなかったのは私だから、総じてお前たちには何の過失もないからそんなにおびえずとも大丈夫だ」
「うーん……ではメフィスト様がいらっしゃるのはいいとして、お父上はどうされるおつもりですか?」
「そうだよお嬢。人間界でずっと暮らすと言えば、閣下がなんとおっしゃるか、だ」
「どうするも何も、覚醒したからには独り立ちしないとな。ずっと魔界で暮らせとは言われていない」
「嬢さま……」
「お嬢……」
ずーん、と二匹の悪魔の上に不安の暗雲が立ち込める。二匹にとってはメフィストフェレスは怖いが、アスタロトはそれよりもはるかに怖い。
「実は」
カミーユは二匹の悪魔を交互に見た。彼らは今、少女メイドと少年騎士の姿をしておどおどと身を縮めている。
「先生の反応はなんとなく予想できるが、父上の反応はよくわからない。もしも魔界へ出向いて監禁されて二度と戻ってこられなくなるのは嫌だから、とりあえず先生を
そういうことで、カミーユはマクスの居住する魔塔の最上階の青いガラスのクーポルの下に、メフィストフェレスを召喚するための魔方陣を描いた。
リリアとウァラクは本来の姿で、マクスと一緒に壁際でカミーユを見守っている。
「魔塔に悪魔を召喚できるものなんですか?」
リリアの質問にマクスは軽くうなずいた。
「お前たちも入れるということは、そういうことだ。念のために魔術師たちには、どんな強い魔力を感知しても決して何もするなと告知してある」
「あのぉ、もし、もしもメフィスト様が我々を罰した時は……ご助力願います」
口元をひきつらせたウァラクが、愛想笑いを浮かべながらマクスの顔色をうかがう。
「メフィストフェレスは理知的で冷静な悪魔だとジネブラ様がおっしゃっていた。それにカムの家庭教師なのだろう? 心配するな」
「はははは……あなたはあのかたを知らないから……」
「いざとなったら、お嬢の後ろに隠れようぜ!」
二匹がそわそわと落ち着かない様子でいるうちに、カミーユは召喚の呪文を唱え始める。
「—―ひっ!」
「うわっ!」
ガラス張りのクーポルから、闇を引き裂く電が見えた。
二匹の悪魔は悪魔らしからぬ怯え様で黒い子猫の姿になり、マクスのローブの背後に身を隠した。マクスはただならぬ強力な魔力を感じ、全身に鳥肌が立つ。恐怖心はないが、未知の「何か」を全身で感じる。
カミーユが呪文を唱え終わると、大音量の雷鳴がとどろいて青白い閃光が闇空を真っ二つに割いた。次の瞬間、魔法陣の中心に人影が浮かび上がる。
細身で身長が高い。
カミーユはその影に向かって身を低くして正式な挨拶をした。
「お久しぶりでございます、先生」
人影はやがてはっきりとした形を取り、カミーユの前に一人の大悪魔が姿を現した。
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