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第43話

マクスは言葉を続けた。


「魔術はただ用いるよりも、より効果的な場所で用いたほうが効果は高いということです。ヘマタイトの外壁のおかげで、ここには歴代の強力な魔力が放出されずにとどまっているので」


「あああ! そうか! いわば魔塔ここは人間界にありながら魔界みたいな場所ってわけか!」


 ウァラクがぽん、と手を打った。


「なるほど……一理ありますね。ここに来ると悪魔われらも力がみなぎってくるので」


 普段ならばウァラクをばかにするリリアも、今回は素直にうなずいた。



「だからもしかしてここで歴代魔塔主たちの魔力を注げば、彼女は元に戻るかもしれない」


「そ、そんな、大丈夫ですか? 魔塔の防御魔法を使うなんて……塔の防御力が下がったり、その魔力のせいでカムになにか害が及ぶようなことは……」


「防御魔法は、私がまた新たにかけるので心配いりません。それが彼女に何らかの影響を及ぼすことは否定しませんが、悪い結果にはならないはずです。魔力を消耗してこの形になってしまったのならば、膨大な魔力を補ってやれば早く回復するはずです。しかも……」


 マクスは浅く緊張のため息をついた。


「私は……魔塔の創造主の血縁のようだし……強力な効果が得られるはずです」



 リリアはジゼルの手をそっと取った。


「ジゼル様。試してみる価値はあると思います。あの姿のままもしも嬢様が何百年も目覚めなかったら……我らはにはなにも問題ないですが、ジゼル様は悲しいでしょう? きっと嬢さまも、目覚めたときに同じだと思います」


「何百年も」というリリアの言葉に、ジゼルはびくりと身を縮めた。そんなのは……嫌だ。


「魔塔主様」


 ジゼルはマクスを見て言った。


「お願いいたします。どうか、どうかカムをもとの姿に戻してください……」



 マクスは小さくうなずいた。




 魔方陣の中には、マクスと二匹の悪魔たちが中心に三人で向かい合って立っている。


「カム……どうか成功して……」


 祈るように手を組み合わせ、ジゼルは少し離れたところでかたずをのんで見守っている。



「お前たちにも魔力を提供してもらいたい。慣れ親しんだ魔力を感知したら、きっと戻りやすいだろうから」


 マクスの言葉に二匹の悪魔たちは迷わずうなずいた。


「では、始めるか」


 マクスはクーポルの天井に手を差し伸べて目を閉じた。


 ウァラクとリリアはその下にある青い玉に手を翳して魔力を注ぎ込んでいる。



「?!」


 魔力を持たないジゼルにも、空気がありえない流れでうごめく様子を感じ取ることができる。


 まるでマクスの掲げた手に魔塔中に漂っていたありとあらゆる魔力が吸い集められるかのように、渦巻く流れが起きている。それは魔術師たちの魔力を吸い取るものではないが、空間に漂っている余分に放出された魔力を吸い上げてゆく。


 それらはもう何百年も、ヘマタイトの壁に阻まれて魔塔の中に蓄積されてきた魔力だ。



 最上階の広い空間は、今や気流が中心に向かって渦巻いている。ジゼルは巻き込まれないようにマクスが作り出した結界に守られながら、目の前で起きている見たこともない現象をじっと見守っている。


 マクスの全身から、白っぽい煙のような……炎のようなものがゆらりと立ち昇ってくる。



 渦巻く空気がうなり始める。


「あっ」


 ジゼルは驚きで目を見開いた。


 マクスと、ウァラクと、リリア。


 ひとりと二匹が魔力を送りこんでいる青い小さな玉。



 濃淡のブルーに紫がかり、琥珀をちりばめた……魔力を失ったカミーユのなれの果て。


 それは、内側からかすかな光を帯び始めた。


 渦巻く気流の中心で、膨大で強力な魔力を吸い取ってゆく。



「カム……戻ってきて、お願いだから……」


 涙目になりながら、ジゼルは祈る。


 大悪魔の娘のことを「祈る」のは、正しいのか正しくないのかは別として—―彼女は心からいとこが元の姿に戻ってくれることを願った。



 半魔でも堕天使でも、何だってかまわない。たったひとりの、愛するいとこ。



 他の令嬢たちに軽くあしらわれてないがしろにされていたジゼルの話をちゃんと聞いてくれて、誰かに遠慮して生きる必要はないと教えてくれたカミーユ。


 このまま何十年も、何百年も玉のままなんて、彼女が魔力を取り戻して目覚めたときにはすでに自分がこの世にはいないだなんて、絶対に嫌だ。



 黒いローブのフードがふわりと外れて、マクスの銀の髪が宙に浮きあがる。


 彼の全身は銀色の光を発している。ものすごい勢いで魔力を吸い出されていて、いまにも気を失いそうになっている。それでも彼は、歯を食いしばってその衝撃に耐え続けている。


 二匹の悪魔も同じような状態だった。数百年生きている彼らにさえ、一気に魔力を吸い出されることは容易ではなかった。それでも、彼らもマクスと同様に、途中でやめようとは考えていないようだった。



「お嬢……がんばれっ!」


「嬢様……お戻りください」


「カミーユ、戻って来てくれ」


「カム……」


 ふたりと二匹の願いは同じだった。



 玉が光を増す。


 そしてそれは閃光を放ちながらゆっくりとかすかに宙に浮き始めた。


 膨大な魔力を吸い上げて、それは十センチほど浮き上がった。


 二匹の悪魔は閃光を浴びて次第に形を変え、二匹の黒い子猫になった。


 そしてマクスは魔方陣の外に弾き飛ばされた。




 玉は—―光を失い、ぽとりと宝石箱の絹の布の上に落ちた。




 ジゼルは悲しみをひゅっと飲み込んだ。



 魔方陣は崩れて消滅し、あたりは静寂に包まれた。

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