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第42話

「えっ?」


「ですから、ジネブラ様に次ぐ魔力をお持ちのあなた様に、していただきたいことがたくさんあるのです。まず手始めに、ジネブラ様のご葬儀の主催をお願いしたいのです」


「……」


 目覚めてから、何度目だろう? おそらくは、今日で一番驚いたことに違いなかった。




 ちらりと、リリアを一瞥する。


 少女メイド姿の夢魔はうつむいている。魔塔のことには、口を挟まないつもりらしい。




 マクスはさああああ……と自分の血の気が引く音を聞いた。魔塔主の、葬儀?



 ジネブラ様が……?



 膝を折ったまま顔を上げたサブルは、淡々と続ける。



「こういった事態にはどうするべきか、グリ様もよくわかっていらっしゃるはず。新しき魔塔主としてジネブラ様から指名されていたからには、その義務を果たしていただきたいのです。我々がお支えいたします」


 蒼白の無表情のまま、マクスは宙を見つめている。右手の中の青い玉をそっと握りこむ。


「魔塔が襲撃の後処理に追われていたために、あなたが意識を取り戻すまでこちらでお世話になっておりました。戻りましょう。王太子のお披露目の儀も、まずは魔塔の問題が片付くまで延期にすると国王が宣言されました」


 サブルは再びこうべを垂れる。



 リリアはマクスがカミーユを手の中に握りこんでいるので、そわそわと落ち着かないでいる。マクスは大きなため息をついてうつむくと、頭を左右に何度か振った。


「……承知した。魔塔に向かうよ。でもちょっと先に戻っていてくれ。支度を整えたら、すぐに戻る」


 サブルはマクスの言葉を承諾して、先に戻って行った。



 マクスはそっと右手を開いて、自分の体温を吸って暖かくなった青い玉を見つめた。


「カミーユを、元の姿に戻せるかもしれない」


「えっ?」


 マクスのつぶやきにリリアは赤い大きな目をさらに見開いた。


「だから、一緒に連れていきたい。もし心配なら、お前たちもついてくるといい」


「そ、それはやぶさかではないお申し出ですが……」


「彼女を危険にさらすことはないが、このままいつ目覚めるかわからないのを待ち続けるならひとつ、試してみたいことがあるんだ」


「なにを試すつもりですか?」


「それは魔塔に戻ってから話す。あのドラゴンのほうは……そういえばどこにいる?」


ウァラクは……ジゼル様を護衛しています。嬢様もあなたも無理だったので混乱に乗じた賊に襲われないようにと、以前からの緊急事態に備えての嬢様からの指示です」


「そうか。ならば王太子妃も魔塔に呼ぼう。私の考えが正しければ、カミーユはもとの姿に戻るはずだ」


「わかりました」


 リリアはこくりとうなずいた。





 ジネブラは帝国のありとあらゆる軍事力と魔力を一手に引き受け、魔塔と魔塔の国家魔術師たちを守り切った。


 国家魔術師たちは王命がないと戦うことはできない。


 魔塔主は帝国の襲撃に対して、王には事後報告という手を取った。



 もしも彼女ジネブラが純粋な人間でなかったならば?


 例えば、カミーユのように半魔だったら?


 肉体が塵と化して消滅することは、なかったかもしれない。


 カミーユのように、何らかの「形」でこの世に残ることができたのかもしれない。


 百二十年以上も生き続けてはいても、彼女は「人間」だった。


 だから、全魔力消耗のために消滅してしまったのだ。



 そう言うことで、彼女がいつもベッド代わりに愛用していた子供用の棺は空のまま、葬儀が行われることになった。


 彼女の魂は生前の契約者である、魔塔の創造主ベリアルのもとへ送られたことだろう。


 そしてマクスは「国家上級魔術師グリ」として、素性を公開しないまま新しい魔塔主となった。



 彼はジネブラが私的な空間として所有していた魔塔の最上階を与えられた。


 瑠璃色のガラスが雨こまれた高いクーポルの下には、半径三メートルほどの魔方陣が描かれている。その中心には美しい箱に入れられた青く光る玉が置かれている。



 ジネブラの葬儀が終わり、王宮において国王より新魔塔主として任命されたマクスは、ようやく私的な時間を作ることができた。


 今、魔方陣のすぐ外には二匹の悪魔たちが少年騎士と少女メイドの姿で、そしてカミーユのいとこである次期王太子妃となるジゼルもともに、かたずをのんで見守っている。



「これは一種の実験だと思ってほしい。必ずしも確実な方法とは言えない、というのも……今まで試したことがないからだ」


 魔方陣の中、黒いマントのフードを目深にかぶったマクスは、カミーユのなれの果ての青い玉をてのひらの上に載せて言った。


「この塔は千八百年前に不滅の塔として、大悪魔ベリアルによって建てられた。ヘマタイトを練りこんだ石煉瓦で作り上げられていることは、ここで働く魔術師ならだれでも知っている。そして代々の魔塔主によって、保存魔法がかけられている」


 マクスの言葉にウァラクとリリアは何度かうなずいた。


「だから今回の帝国からの攻撃にもびくともしなかったんでしょ? ジネブラ様はクーポルの上から、山を越えてこようとしていた帝国軍に火炎の雨をお見舞いして全滅させて、帝国の軍を近づけなかったらしいし」


「おそらく人間の魔術師たちには、どんなに束になってもこの塔に傷ひとつつけることは難しいでしょうね」


 悪魔たちの言葉に、ジゼルはぱちぱちと目を見開いてうなずいた。


「なるほど。それで、どうやってカムをもとの姿に戻すのですか?」



 マクスはてのひらの上の青い玉を見つめてため息をついた。


「魔塔と、ここにあるすべての魔力を利用します」

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