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第41話
それだけではなかった……というのも、怒りの炎に包まれた制御不能な状態に陥った堕天使形のカミーユは、二匹の悪魔に何も言わず闇夜の空に飛びあがった。
「何も! なしですよ? ひとっっっ言も! 私はあなたを放っていけなかったので、ドラゴンのウァラクに嬢様の後を追うように言ったんです」
「彼女は、どこへ向かったんだ?」
マクスの問いにリリアははぁぁぁ、と深いため息をつた。
「ウァラクも追いつけないほどの速さで、西の帝国の皇宮の上まで飛んで行ったんです。それで、またまた強力な一撃をお見舞いして、すべて破壊してしまいました」
「破壊? 皇宮を?」
「ウァラクが言うには、建物らしさは微塵も残らないほど、容赦なく、ことっっごとく,すべてを破壊したそうです。皇帝の生死は不明ですが……西の帝国は文字通り、壊滅状態で大混乱らしいです」
「……は、は。それはさぞかし、みものだったことだろうな」
「笑ってすむ話じゃないですよ。一国でも大変なことなのに、帝国ですからね、帝国。それをたったおひとりで、つぶしちゃったんです」
「自分のことを……中途半端な存在だと言っていた。でも、本当の力が解放されたんだな」
「まぁ、そういうことになりますね。でも、フルカス達への一撃だけでも相当なものなのに……西の帝国まで破壊したために、嬢様はそこで力尽きてしまいました」
「えっ?」
「私はその瞬間を直接見ていたわけではないのでわからないんですけど。ウァラクが言うには、皇宮へのすごい一撃を放った後、嬢様はその場に崩れ落ちて……そして……」
リリアはますます悲し気な暗い表情になった。
彼女はベッドサイドの椅子から立ち上がり、ちょこちょことティーテーブルのほうへ向かった。そして何やら、両手に包み込めるくらいのフタの開いた金細工の宝石箱のようなものを大事そうに持って戻ってきた。
マクスはリリアが大事そうに両手に載せて持ってきた宝石箱を首をかしげて見降ろした。開いた箱の中には黒い絹の布が敷き詰められていて、中心には小さな水晶のような青い玉が入れられていた。
その玉は濃い青と薄い青に、紫がにじんでいる。そっと手に取って目線の高さで見てみると、ところどころ琥珀色の光が
どこかで見たことのある、美しい色合い。
それは……
「まさか」
マクスは美しい玉を見つめるブルーグリーンの目を見開いた。
ひんやりとした玉を載せる手が少し震える。
「まさか、これは……」
リリアがしょんぼりと頭を垂れる。
「そうです。嬢様は覚醒して初めて許容量をはるかに超える魔力を一気に使い果たしてしまって……
「カミーユ……」
マクスは玉に向かってつぶやいた。そしてリリアを見て眉根を寄せる。
「私と同じ日からこの状態なら、もう八日もこのままということか」
「そうです」
「魔塔主……ジネブラ様には、見せたのか? あとどれくらいで回復するのか、あのかたならばご存じだろう?」
リリアはうなだれたまま首を左右に振った。
「いいえ。事情があって、ジネブラ様にはお聞きすることができませんでした。ですが、その、つい数日前にベリアル様がちょっとこっちにいらしたことがあって、その時にお聞きしたら……魔力が回復すれば自然と元の姿になるだろうから心配はいらないとおっしゃっていました」
「魔塔の……創造主が、いらっしゃったと?」
「ああ、そうでした。その時、魔塔も大変なことになっていたそうです」
「なぜ? 暗殺団は国境を超える前に壊滅させたし、悪魔たちだって魔塔には来なかったはずだ」
「皇帝は、用意周到でした。あなたが国境のむこうでつぶした暗殺団のほかにも、魔術師や傭兵の一団を、別ルートから魔塔めがけて送って来ていたんだそうです」
「……」
マクスはシーツをぎゅっと握りしめた。
周辺国で言えば、魔塔は魔術の最高峰であり、優れた魔術師たちはみな魔塔にいると言っても過言ではなかった。しかし西の帝国の皇帝は、ひそかに魔塔に匹敵するほどの優秀な魔術師を、別の大陸からも呼びよせて雇用していた。
カミーユがマクスを助けに向かった後、入れ違いにそれらは魔塔を攻撃してきた。
無論、防御魔法のおかげでそう簡単には陥落することはなかったが、それでも魔塔の危機には変わりがなかった。西の皇帝はマクスを生け捕るか殺して遺体を持ってきた者には、莫大な報酬と権力を与えると約束した。彼はあわよくばジスカール王国の魔塔の所有権も、どさくさに紛れて国ごと奪おうと考えたらしい。
ジネブラは魔塔と魔術師たちを守るために、あらん限りの魔力でそれらを全滅させた。
「では、ジネブラ様も魔力を使い果たして、カミーユのような状態になってしまわれたのか?」
「あー、それが……魔力を使い果たして、という点は、うちの嬢様と同じではありますが……あの、実は先ほど魔塔に使い魔を送りました。もうすぐ魔塔の誰かが、こちらに来るでしょうから、詳しくは魔塔の者にお尋ねください」
リリアが歯切れ悪くもごもごと答えているところに、ドアがノックされた。
ちょっと気まずさを感じていたリリアはここぞとばかりにドアのほうへ飛んでいき、訪問者をマクスのそばまで連れてきた。
濃い紫のローブを纏ったプラチナブロンドの短髪の、とても大柄な男。
「サブル……」
大男の同僚を見上げてマクスが彼の名前をつぶやいた。
大きな黒い石の指輪をはめた筋骨隆々の上級魔術師サブルは、赤茶色の瞳を細めてマクスに膝を折り、敬意を示した。
「グリ様。やっとお目覚めになられて幸いです。早速で恐縮なのですが、魔塔にお戻り願いたい」
「サブル。ジネブラ様は今、どのようなご状態なのだ? 魔塔をお守りになるために、魔力を使い果たされたと聞いたが」
マクスの問いにサブルは一瞬の間を開けた。彼は呼吸を整えると、頭を下げたまま冷静な口調で答えた。
「はい。ジネブラ様は魔力を使い果たされて……そのままお亡くなりになりました」
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