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第39話
二番目の地獄の騎士は空中に飛びあがり、マクスの頭を槍の切先で突き刺そうと振り下ろす。
マクスは身を翻し、かろうじてそれを避ける。
拘束で繰り出される攻撃を避け続け、彼の表情は次第に苦し気に歪んでゆく。
「‼」
魔力を繰り出して反撃する隙が無い。
よけきるのに疲れてきて少し気がそれたとき、左上腕を槍の切先がかすめた。
激痛にマクスは顔をゆがめた。
傷口を抑えようと右手を伸ばした瞬間、左脚にも激痛が走った。
フルカスの大鎌がマクスに振り下ろされた。
集中力が乱れて、マクスは空中から地面に落ちた。
「ベリアルほどではない、お前など簡単に殺せそうだ」
「だからって二人がかりはずるいだろう……」
斬られた脚からは血が滴り落ちる。血のにじんだ腕を抑えうめくようにマクスが非難すると、フルカスは闇を仰いで笑った。
「何人だろうとお前を殺せればそれでいい。欲望に満ち溢れた、お前の父親の邪悪な魂が喰えるんだから」
「私には……父など、いない」
「そうか? 向こうは認めているぞ? それでお前を殺そうと、悪魔まで召喚した」
フルカスは再び大鎌を振り上げた。それは容赦なくマクスに振り下ろされる。
マクスは腕と脚をかばって飛びのいて、その刃先を避けた。フルカスは執拗に鎌を振り上げてはマクスに振り下ろす。マクスは草の上をごろごろと転がりながら切先を受けないように逃げ回る。
大鎌の切先が地面をえぐってゆく。
そのうえ、逃げようと転がったほうには槍がマクスの胸を貫こうを待ち構えていた。
たまらず姿を消そうとするが、何かが邪魔をしていてうまく術がかからない。
闇の中に、赤く燃え盛る鎖が現れて、マクスめがけて落ちてきた。
「うっ!」
抵抗する暇もなく、それは彼の体に絡みついて自由を奪った。
まるで誰かが端をもって引き締めているかのように、燃え盛る赤い鎖はマクスの体を締め上げた。あまりの苦しさに、息ができなくなる。
「恨むならお前を殺すよう願った父親を恨め」
フルカスが大鎌を振りかぶる。
マクスは小さく舌打ちした。
これまでか。
――魔塔を後にしたときには、すでに覚悟は決めていたが。
ふと、あの美しい瞳が思い浮かんだ。
紫がかった濃いブルーに薄いブルーが重なって琥珀がちりばめられた、満天の星空のような瞳。
いや、巻き込まなかっただけよしとしよう。
彼は抵抗をやめ、体の力を抜いた。
「……」
大鎌が降り降りてきて自分の体に突き刺さるであろうタイミングなっても、痛みは一向に感じない。
はっ、と息をのみ、マクスは目の前の光景に眉をゆがませた。
フルカスの振り上げた大鎌には、無数の魔物が群がっていた。
人の形をして角としっぽを持つ赤い色の小さな鬼や、奇形の動物や鳥類のようなもの、いくつかの生物の合体したもの、見たこともないようなもの。
あきらかに不快な唸り声をあげ、フルカスは大きく水平に大鎌を振った。
あまりにも大きく振ったため、近くに立っていた仲間の地獄の騎士をひとりなぎ倒し、胴体で真っ二つに叩き切ってしまった。
どさり。
二番目の地獄の騎士の上半身が、立ったままの下半身の足元の転がった。
大鎌に群がっていた魔物たちは、何匹かは遠心力で振り落とされて、青白い炎を上げて塵と化した。
だが大半はぴたりと大鎌に張り付いて離れまいとしている。
敵なのか、味方なのか。
マクスは急いで立ち上がり、五メートほど飛びのいた。
その時、闇空に雷鳴のような雄たけびが轟いた。
「!」
マクスは空を振り仰ぎ、次の瞬間、眩しさに腕で顔を覆った。
激しい勢いのオレンジ色の炎が、宙からフルカスに浴びせられた。
まるで滝のように浴びせられる火炎に、フルカスはたまらず大鎌を捨ててマントで自分を覆った。
それでも火炎は容赦なくフルカスに振りそぞぐ。
バサッ!
強風が巻き起こり、何かとてつもなく巨大なものの気配を頭上に感じ、マクスは空を振り仰いだ。
闇夜ではあるが、フルカスに浴びせられている焔の先をたどれば、その姿は容易にとらえることができた。
巨大なそれは、大きく旋回しながらも火炎を吐き続ける。
それなのに、地面は全くどこも燃えてはいない。
フルカスのマントはぼろぼろに燃え尽き、甲冑はあまりの高温に溶けだした。
悪魔自身も頭蓋が高温に耐えられずに解け始めた。ずるりと目玉がこぼれ落ちて、次第に骨が現れてきた。
「マクス!」
聞き覚えのある叫び声に、マクスは息をのむ。
頭上から聞こえてくるその声の主を、彼ははっきりと認識することができた。
そんなに、お互いによく知りもしない間柄だけれど……
フルカスの体から勢いよく火柱が立ち上った。
闇を切り裂く絶叫を残し、フルカスの体は炎の中に消滅していった。
「マクス——っ!」
マクスは目を閉じる。安どのため息が唇から漏れる。
彼は膝から地面に崩れ落ちた。
ふわりと、何かが自分の近くに降りてきた。
それが何なのか、マクスにはなんとなくわかった。
細い腕が、彼の頭を抱きかかえる。
フードが後ろに落とされて、温かい手が彼の額に触れた。
「腕と脚を切られたのか? ほかは? ほかにはどこか、ケガをしているのか?」
心配そうな、取り乱した声が降ってくる。
優しいぬくもり。
今までに一度も感じたことのないくらいに、心が落ち着くような。
「マクス……」
名前を呼ばれて、彼はふっと唇の端をつり上げた。
『誰にも、本当の名を明かしてはならない。もし明かせば、お前は弱い人間になってしまうだろう』
彼を隠し育ててくれた魔塔主はそう言った。
だから、誰にも本当の名は明かしたことはなかった。
ああ、違う。最近、明かしたな。
びく、っと彼は瞼を痙攣させた。
なにか生温かい……雨? のようなものが、彼の瞼に落ちてきた。
ゆっくりと、目を開けてみる。
遠ざかる意識の中で彼が目にしたのは、今まで生きてきた中でも、最も心動かされるものだった。
不安に揺れる、美しい瞳。
悲しみのせいなのか藍色に普段よりも少し色の濃いブルーの陰、その上にちりばめられた琥珀のかけら。
まるでエマイユのようだ。
長い銀色のまつげが瞬くと、ほろほろと悲しみと不安がこぼれ落ちる。
マクスは気を失う直前に、ほとんど声にならない声でそっとつぶやいた。
「カミーユ……、カ……ム……」
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