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第38話
西帝国グラニエ領。
かつてのグラニエ王国であり、二十年前に侵略されて帝国の領土に組み込まれた緑豊かな地。
かつての王がいた城は今や廃墟となり果てた。
皇妃の出身家門である侯爵家もすでに血筋が途絶え、ここは王国当時からのある公爵家が領主として管理している。
管理している、とは言っても彼らは皇都に住んでいて、ここには一年の三分の一だけ滞在する邸がある程度。公爵家に古くから仕える子爵家が、領主代理を務めている。
街中には大きな川が流れていて、それが国境となっていて、その対岸はジスカール王国だ。
市街地を離れると緩やかな丘がいくつか現れて、牧草が生い茂っている。牛や羊が放牧されて牧歌的な雰囲気が漂う。丘の南側には広い森もあり、森の小道を進めばひときわ高い丘の上に廃城が見える。
地獄の騎士たちの軍団に破壊された城は、今では誰も寄り付かない。狼たちが住み着いていて、人を襲うことがあるからだ。
帝国に皇妃という名目で人質に取られ、身重の体で自害を命じられたもと侯爵令嬢の亡霊が出るという噂も広まっていた。
崩れかけた外壁だけがかろうじて
黒雲が空を覆う。新月の闇よりもさらに深い闇夜。
廃城の立つ丘の上には、炎の
骸骨にかろうじて皮が張り付いたようなこの地獄の騎士の飛び出た眼球は、空中のある一点をじっと凝視し続けている。彼の背後には魔獣や悪魔たちがうごめいて、村からさらってきた牛や羊をむざぼり食ったり、骨や内臓を放り投げて遊んでいる。
冷ややかな夜風がすううと吹き抜けて、フルカスの真っ白な髪を東になびかせた。
黒光りするミイラのようなこの地獄の騎士が凝視する先には、ひとりの男が軍馬の目線より少し高い位置に浮いている。彼は公的な身分を現す濃い紫のローブではなく、濃い灰色の長いローブを身にまとい、フードを目深にかぶっている。しかし、フードの下からは、彼自身から発せられている白い光が漏れ出ていて、闇夜の中で明白な存在感を示している。
その人離れした魔力に、地獄の騎士はにたりと笑う。歯茎のない、長い歯が不気味に口の中からのぞく。
彼が真鍮のガントレットの左手を、肘から上だけ宙に挙げた。すると、今まで好き勝手に遊んでいた悪魔たちが一斉に宙に浮かぶ男——マクスに、ものすごい速さで群がった。マクスは悪魔たちにまといつかれて姿が見えなくなる。
宙に浮く巨大なスズメバチの巣のような状態になり、マクスの姿は完全に悪魔たちに埋もれてしまって見えない。普通ならば皮膚や骨を食いちぎられて、跡形もなくなってしまうだろう。
だがしばらくすると、悪魔が群がってできた球体は宙に蹴散らされた。青白い炎が彼らを焼き尽くす。
不思議と草野原は少しも焼けることがなく、悪魔たちだけが燃え上がる。断末魔の叫びが無数に上がり、静寂が戻るころには黒い燃えカスがさらさらと風に流れて消え失せた。
悪魔たちが消えた後には、濃い灰色のローブを纏ったマクスだけがいた。
息も乱れることなく平然と宙に浮いている彼を見て、フルカスはまた不気味な笑みを口元に浮かべた。
「おとなしく死ね。お前の魂は俺が喰らってやる。抜け殻は俺のしもべとして、永久に使役してやろう」
しわがれた地の底から吹き上げててくるような寒々しい脅しを、マクスは鼻で笑いとばす。
「遠慮しておく」
「では魂も抜け殻もすべて粉々にしてやる。地獄に行くこともできぬようにな」
不気味な笑い声が暗闇に溶け込んでゆく。
赤く燃え盛る炎を纏った甲冑の騎士が、同じく赤い炎に包まれた青毛の軍馬にまたがり、フルカスの背後から飛び出した。それは鋭い穂先のついた槍を手に、マクスめがけて突進してきた。
甲冑の騎士の乗る軍馬の燃える蹄がマクスを蹴り殺そうとしたとき、軍馬の両方の前脚が青白い閃光によってまるで刃物で切られたかのようスパッと切り離された。真っ赤な炎を纏いながら、両前脚を失た地獄の軍馬はタツノオトシゴのように見えた。
地獄の軍馬が前のめりに崩れ落ちる間に、甲冑の騎士は馬から軽々と飛び降りた。軍馬はそのまま横倒れになり、その体から真っ赤な炎が天高くフレアアップすると、塵となって消え失せた。
地獄の騎士がマクスめがけて槍の切先を突き刺そうと構える前に、マクスは暗闇の中に光る魔方陣を出現させた。
まるで強固な盾のように、魔方陣は槍の鋭い切先を跳ね返した。彼が左手を前方に伸ばすと、その開いた手のひらから青白い炎が水平に放出されて、地獄の騎士に燃え移った。騎士に体にまとわりついていた地獄の赤い炎は、マクスの青白い炎に覆われて消えた。
地獄の騎士は立ったまま青白い炎に焼かれて、狂風のような断末魔の絶叫を闇に響かせた。
間髪空けずに、今度は緑がかったオレンジの炎を纏った甲冑の騎士が現れて、大太刀を振り回し襲い掛かってくる。
マクスの炎は大太刀によって切り裂かれ、四方の飛び散って消滅してしまう。
いくら発しても大太刀で蹴散らされる。
マクスは少しずつ、宙に浮いたまま後退してゆく。
そして何度目かの反撃を試みようとして少し体勢を崩したところに、大太刀が唸りながら宙を切って、マクスの頭上に振り下ろされた。
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