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第37話
魔王と呼ばれ恐れられる上位悪魔たちの中でも、一、二の権力を誇る魔王ベルゼブブの騎士たち。
数千年前、
当時煉獄で宰相を務めていたベリアルは、不意打ちを喰らい地獄の騎士のひとりに深手を負わされ、日ごろから彼に復讐しようと狙う天界の軍とに挟み撃ちに遭い、地獄の最下層に落とされて千年間氷漬けにされた。
「本来であれば、ベリアル様は地獄の騎士などとは比べ物にならないくらいお強いんです。でもその時はまさに不意打ちで、バァルの先手打ちが絶妙のタイミングでした」
黒いドラゴンとなったウァラクの背で、本来の姿である妖艶な美女となったリリアが言った。
「ベリアル様が千年の間地獄の最下層にとらわれていたことは、隠蔽されていたから誰も知らなかったんです。八つ裂きにして焼き殺したとバァルが吹聴していたので、誰もがあのかたの死を確信していたけど……」
「それで、ベリアル様はどうやって
リリアと共にドラゴンの首に乗るカミーユが首をかしげると、リリアはふと笑んだ。
「嬢様のお父上が、たまたま裏切り者を捨てに行ったときに見つけられたそうです。嬢様がお生まれになる何百年も前のことですけどね」
「煉獄での簒奪劇は、今回の西の帝国のものと似ているな」
「そうですね。そちらのほうも改めてさっき使い魔たちに調べさせました」
西の皇帝が二十年前に取り逃がしたという子供は、自身の皇子だった。
親兄弟を皆殺しにして帝位について間もなく、彼は帝国の内外から一人の皇后と三人の皇妃を娶った。その中の皇妃のひとりは、ジスカール国と帝国に挟まれたグラニエ国という国の侯爵家の娘だった。グラニエ国は二十年前に帝国に滅ぼされ、その一部に吸収された。侯爵家の娘は貢物として皇帝と政略結婚した。
皇后を差し置いて、彼女は四人の妻の中で一番早く身ごもったが、皇帝にはある神託が下った。
「悪魔の力を借りて国を奪い取った皇帝は、生れてくる最初の皇子にすべてを奪われるだろう」
この神託に激怒した皇帝は、神官や巫女たちを全員殺害し、神殿ごと焼き払った。そして妊婦の皇妃に自害を命じた。
「もしもこの皇妃が普通の人間であれば、命令通りに死んで何もかもが終わっていたんです」
「その言い方だと、皇妃はそうではなかったということか」
「ふふ。ここからがクライマックスですよ。皇妃の出身国は、代々優秀な魔術師が多く排出されている国だったんです。それは悪魔との混血が多かったという普通の人間たちが知らない秘密のせいもありますけど。混血でなくても、魔術師が多く生まれていたんです。ほら、魔塔主のジブネラ様もグラニエ国出身です」
「それは興味深いな」
「でしょ? 皇妃の出身の侯爵家は、王家の親戚筋で特に強い魔力を持つ人が多かったみたいです。皇妃も例外ではなく、ね。もう血がずいぶん薄まったというものの、彼女はベリアル様の子孫だったんですよ」
「えっ? ベリアル様の子孫?」
「そうです。魔術師というまでは魔力が足りなかったけど、彼女、魔術が使えたんです。だから皇帝から自害を命じられた時、ご先祖であるベリアル様を召喚して、自分の命と引き換えにおなかの子を救ってくれるように取引したんだって、彼女が使役していた使い魔から聞きました」
「血が薄まった混血か」
「まあ、そういうことですね。もうほとんど普通の人間です。それでね、国が滅んで帝国の一部となって王族は殺されたけど、グラニエ領は皇妃にプレゼントされたそうです。皇妃は命令通り自害しました。でも、おなかの子はどこにも見当たらなかった」
「その子供はどうなった? 最近、見つかったのだろう?」
「その子は、皇妃の自害後にベリアル様の人間の契約者に託されました。人間界では最強の魔術師。その子は彼女の結界に隠されてすくすくと育ちました」
「それは、もしや……?」
カミーユははっと息をのんだ。彼女の前に座っているリリアは肩越しに振り向いて小さくうなずいた。
「いままで皇帝に見つからなかったのは、ベリアル様の恩恵を受けた魔塔の中で、最強の結界に隠されていたから。最近見つかったのは、
「……」
「だから、これは偶然じゃないんですよ、嬢様。すべてがつながるんです。フルカスは地獄の騎士、そしてバァルの部下。バァルはベリアル様の美貌や魔力の強さを妬み憎んでいる。皇帝の望みをかなえると死後に回収する魂はより邪悪になり、おいしくなる。皇帝の息子を殺せば、ベリアル様の血筋をひとり減らすことができる……」
「そんな」
「やっぱり、似ているのは偶然じゃなかったんですね。薄まった血筋なのにあんなに似ていて強力な魔力を持っているということは、嬢様と同じ、先祖返りなんでしょう」
「地獄の騎士たちの狙いがマクスなのは、確実だな……」
「そうですね」
「ジブネラ様は、マクスはもう戻ることはないと言っていた」
マクスの、「すべきこと」とは……
「おそらく……皇帝が悪魔を召喚して自分を狙っていると魔塔主から聞いて、この国の人たちに迷惑をかけないように、自分からわざと危ないほうへ向かったんでしょう」
「……」
カミーユはウァラクの背びれの一枚につかまる手に力を込めて思念を送った。
『おいウァラク、もっと速く、速く飛べ!』
ウァラクは何も答えずに、さらに風を切る翼に力を込めた。
どうか……
どうか。
マクス。
無事でいますように……!
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