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第34話
西に向かったマクス。
西の帝国の皇帝が召喚した地獄の騎士たちの軍団。
バァル。
そしてベリアル……
「まさか!」
カミーユの悲鳴のような言葉の直後、カーテンがぶわりと舞い上がり、冷たい風が吹き込んだ。遠くからは雷鳴がとどろき、朝の光は重い黒雲にさえぎられた。
リリアとウァラクがほとんど同時に息をのみ、カミーユの両腕を抑え込んだ。
「嬢様! いけません! どうか落ち着いて!」
「そうだ、お嬢、西の帝国になんて行かせないぞ!」
二匹の悪魔に体の自由を奪われたカミーユは、それでも必死でもがきながら叫んだ。
「放せ! 行かないと!」
「だからっ、行かせないってば!」
「行かないとっ! マクスが、殺されるっ!」
カミーユは二匹の手を振りほどこうと激しくもがく。彼女の感情を具現化したように、黒い雲の隙間から稲妻があちこちに降り落ちてくる。
部屋中に閃光があふれた。
大きな雷鳴が近くにとどろき、地面が衝撃で揺れた。
ウァラクもリリアも驚きを飲み込んで自分たちが目にしたことを信じられないまま固まってしまった。
「お、おじょ……ぉ……?」
「……そんな。まさか、か、覚醒したんですか? しかも、そのお姿、あ、悪魔では……なく……それって……」
長いダークシルバーの髪が重力に逆らってゆらゆらと中に浮遊している。
彼女の全身は青みがかった白い光を放ち、銀粉のようにキラキラと光るオーラに包まれている。
そしてその華奢な背には、彼女の全身を包み隠してしまいそうなほど大きな一対の翼が生えていた。その翼は付け根のあたりと外側は七色に艶光る漆黒で、内側から先端までがダークレッドから次第にカーマインレッドのグラデーションになっていた。
「——私と同じようなものだと、言っていた。だが仮に彼が半魔だとしても、人間界に生まれ育った者がたった一人で地獄の騎士たちの軍に勝てるはずがない」
彼女の美しい紫がかった濃き薄きブルーの瞳は、不安に揺れる琥珀色一色に変化していた。
「だ、だからって、お嬢だって地獄の騎士たちと戦ったことはないだろう?! それに、一度ベリアル様を封じたことがあるような奴らなのに!」
「そう! そうですよっ! 嬢様にもしものことがあれば我らは監督不行き届きで、メフィストフェレス様どころかお父上の閣下に地獄の深層に叩き落されて、何度死んでもずっとエンドレスに拷問され続ける羽目になりそうですよっ!」
「そうだよお嬢! どうしてよく知りもしない人間なんかのために、覚醒までして助けに行こうとするんだよ? ベリアル様と顔が似てるってだけなのに!」
カッ、とさらなる強さの閃光が部屋中に放たれ、空気がぶううんと振動する。リリアもウァラクもあまりの眩しさに腕で顔をかばった。
「じ、嬢様?!」
「うわっ! 今度は何?!」
カミーユから発せられる光はさらに明るさを増し、ダークレッドの翼は燃え盛る炎のように輝きを増した。
「——よく知りもしないと? だから見過ごせと? 彼はよく知りもしない私をいつも守ろうとしていた。地獄の騎士たちがマクスにとって敵なのかそうでないのかを確かめに行きたいだけだ」
「敵でないのならそれでいいですけど、敵だったら助けるつもりでしょ? それがだめだと言ってるんです!」
「そ、そうだよ! 半魔のお嬢があいつらに勝てるわけない! ま、まあ、なんか覚醒したっぽい今なら、もしかして……」
「このバカ悪魔っ! 余計なこと言うんじゃないの!」
リリアはウァラクのみぞおちに鋭いパンチをくらわせた。ウァラクはうめいて腹を抱え込む。
「とにかく、危険です! 特に
半ばキレかけて叫ぶリリアを、怒りの炎を揺らめかせた琥珀色の瞳がにらみつける。
「人間界のいざこざ? 召喚された悪魔が暴れるのに、人間だけが処理しきれるか? 人間? 私も半分は人間だ。ジスもいるこの世界で、悪魔が暴れて私の親しいものたちに直接にも間接にも害を及ぼすことなど、看過できるものか!」
ウァラクがまだ腹を抑えながら、力なく首を左右に振る。リリアも地雷を踏んだ自覚から、がっくりと首を垂れる。
二匹の悪魔はカミーユが生まれたときからお世話係としてそばにいるので、彼女の性格をとてもよく把握している。だから、どれだけ説得して求めても結局は無駄だということは、重々理解している。
「ああああああ! もうっ! ではついて行きます! 一緒に行きますからねっ!」
「くそっ。俺も魔界から俺の軍を呼ぶ!」
「お前たちは、来なくていい」
「そんなわけにはきません!」
「そうだそうだ! 俺たちはお嬢を守る! 行くことは譲っても、これだけは譲れない!」
「そうです。万が一嬢様に何かあれば、私たちもともに消滅するんです。お父上のアスタロト様が、そういう呪縛を私たちにかけたんです」
「ああ、そうだったか。ならばお前たちのためにも、死なないように気を付けないとな」
カミーユはふと薄い笑みを唇の端に浮かべた。
ウァラクはふんとそっぽを向く。
「——生きて帰ってきても、おしおきでエンドレス拷問にかけられることは必須だけどな」
「いや、私がそうはさせないから安心しろ。お前たちがいないと困るし、何よりも寂しいからな」
はっっと驚きを飲み込んだ二匹の悪魔は主人を見た。彼らの赤い目と青い目は、感動でじんわりと潤む。
「嬢様……人間界へ来て、なんか変わりましたね。ちょっと人間味が増したかも。寂しい、だなんて……」
「ああ、そんな言葉、お嬢の口から聞くとは思わなかったぜ」
カミーユが眉をひそめて反論しかけたとき、ドアがノックされた。
「カム。朝からごめんね。ちょっと入るね」
「うん、ジスか。どうぞ」
「あっ、ちょっと、お嬢、その姿さらしたら……」
「あっ、ジ、ジス様、ちょっとお待ちを!」
リリアがドアへ急ぐ。しかし、ジゼルがドアを開けるほうが少し早かった。
「おはよ……う……えっ? カ、カムっ?!」
ジゼルは目を大きく見開いて息をのんだ。
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