第30話

「彼女が育った修道院の尼僧たちを皆殺しにしたことと生みの母親を毒殺したことの証拠がそろえば、マル島に流刑となり、二度とそこから出ることはできないだろう」


「マル島とは、凶悪犯罪者が送られるところではありませんか」


「そうだよ。尼僧たちも殺していたとなると、立派な大量殺人犯だから。これでジスまで手にかけていたら、彼女は即刻斬首刑だった」


 カミーユはふうんとうなずきながら考える。



(一瞬で首が落ちる死刑よりも、絶海の孤島で一生を終えるほうがよほど重刑のように思えるが。特にああいう俗世の欲にまみれた女なら、なおさらそうであろうに)




 結局、確たる証拠が出るまで彼女は城の地下牢に監禁されることとなった。彼女の父ベルジュロン子爵は娘の悪事は寝耳に水だったようで、伯爵令嬢誘拐および殺害未遂事件と第一王子暗殺未遂事件にかかわっていたと知るやいなや、サビーナを家門からさっさと廃籍してしまった。


 かくして、令嬢たちの神経を逆なでしまくっていた「不幸な生い立ちの気の毒な令嬢」サビーナは、人間界の地獄に送られる日を暗く冷たい地下牢で待ち続けなければならない身となった。




 狩猟大会が中止になり城に戻ったその日のうちに、オーブリーは急遽父王に謁見を申し出てしばらく話し合いをした。その日の夜、ヴィレット伯爵家に呼び出しの知らせが届き、娘が誘拐された事実も知らなかった暢気なジゼルの父が王のもとへ参上した。


 その翌朝、まるで亡霊のように生気を失った伯爵が帰途に就き、伯爵夫人とジゼルは彼のその憔悴しきった青白い顔を見て驚いた。


「お、お父様?」


 父はジゼルを見るなり、彼女にしがみついておいおいと泣いた。


「おおおぉ、お前がゆっ、誘拐されてっ、川に捨てられたなんてっ!」


 ああ、とジゼルは苦笑した。その話を王宮で聞いてきたのか。


「実際には、捨てられていません。その……魔術師の術で、偽物の私が捨てられたのです」


「偽物でもっ! うちの大切な娘がっ! うぉぉぉぉぉぉんっ!」


 母には昨夜のうちに大体の筋を話しておいたので、ショックを受けているのは父だけだった。将来のルエル公爵となるジョス・ド・キュヴィエ=ヴィレット伯爵は、子煩悩なため娘のこととなるとつねに感情的が最優先になる。


「あなた、落ち着きましょうね。それで、陛下はそのことをあなたにお伝えするためにお呼びになったんですか?」


 いつも肝の座った母が、子供をなだめるように父に話しかける。


 すると父はさらにいっそう激しく嘆き始めた。


「あうぅぅぅっ! へっ、陛下はっ、今度の第一王子の立太子の儀の際にっ、うちのかわいいジスをっおっ、おおおおおおおおっ、王太子妃としてっ、お披露目したいとおっしゃったのだぁぁぁ」


「あら、まあ。それでは王太子妃探しの舞踏会は、王太子妃決定の祝賀舞踏会になるのね」


 母は驚くそぶりも見せずに、にっこりと笑って娘を見た。ジゼルは頬を赤らめてうつむいた。


「うぐっ、うぐっ、こんなおとなしい子に、王太子妃など務まるのか? きつい性格の令嬢たちにっ、いじめられないか? うちはどこぞの家門の次男か三男を婿養子にしたほうがよいのではないか?」


「あらあら、あなた、でもこの子は小さなころから第一王子妃になるのが夢だったのですよ?」


「へっ?」


 涙でぐしゃぐしゃの顔を上げ、父はぽかんとジゼルを見つめた。ジゼルは困った表情でこくりとうなずいた。


「お父様。爵位は孫が継ぐでしょう」


「まままままま孫っっ!」


 父は思い切り息を吸い込むと、そのままがっくりとうなだれた。



 国で一番高位の公爵(次期)の娘が王太子妃になることは、王には文句のつけようのない人選だった。そして王妃は幼い頃から穏やかな性格のジゼルを気に入っていて、王子が彼女を選んでくれればいいとひそかに思っていた。


 王としては二番目の公爵家・ワトー公爵令嬢のアレットでもよかったが、オーブリー本人がアレットとはうまくやっていく自信は微塵もありませんと言った。


 そして誘拐事件から一週間後、まだ公には秘密にしているが、ひそかにお妃教育が始められた。今までジゼルと共に過ごしていたカミーユは時間に空きができたので、オーブリーにあるお願いをした。



 魔塔の上級魔術師グリと、話がしたい。




 グリの本当の正体を知らず彼を老齢の魔術師だと思っている王子は、あんなおじいちゃんと何の話があるのかと苦笑しつつも彼女のためにグリを呼び出してくれた。



 王宮の植物園グラスハウス



 広大で明るい温室は緑にあふれ、魔女や魔術師にとっては落ち着ける場所だ。



 ついて行くといってきかなかったリリアとウァラクを呪縛して、カミーユはひとりで温室へ向かった。



 オーブリーのはからいで、そこは立ち入り禁止となっていた。


 ガラスの扉を開けて中に足を踏み入れる。


 植物たちの穏やかな波動が伝わってくる。



 重なる葉をかき分けて奥へ進む。カナリアがさえずっている。


 彼女の半分人間の本能が緑を心地よいと感じるのか、あるいはあくまでも自然の波動は心地よいものなのかは、考えたことがないのでよくわからない。




 ふと、魔力を感じてカミーユは足を止めた。


 白い石造りの噴水の前に、濃い紫のローブを着た銀髪の男が佇んでいる。


 彼はガラスの屋根から差し込んでくる日の光を浴びて、髪も瞳も透き通って見える。大悪魔に瓜二つの美しい容姿をもちながら、不思議と日の光の下もよく似合っている。


 そうだ。


 初めから疑問だったこと。


 彼はなぜ、ベリアル様と似ているのか。



 カミーユは歩を進めて彼に近づいて行った。

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