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第29話
「残念ながら、わがいとこ殿は意図してさらわれたわけではない。たまたま、あなたの自作自演の誘拐に巻き込まれたのだ」
「!!」
サビーナの顔から血の気が失せた。はっと気づくと、彼女の背後にはセヴランと護衛騎士のジェレミー、王子の侍従マルク、王弟令息のノエルが立っていた。彼女はガタガタと震えだす。
「サビーナ嬢。あなたの役目は、嘘の誘拐事件を起こしてその場をかく乱させ、第一王子暗殺を助けることだった。しかしさらわれるところにうちのいとこ殿がたまたま出くわしてしまい、一緒にさらうしかなくなった。普段から王太子の気持ちを知っていたあなたは、ついでに邪魔なジゼルを亡き者にしてしまおうと考えた、というわけだ」
「そそそ、そんな、私が殿下に危害を加えるわけは……」
「シャイエ侯爵と密約を交わしているだろう? もし第一王子が亡くなっても、高位で金持ちの貴族の妻にしてやるというような」
「そ……」
「だが何よりもはっきりと言えるのは、あなたがジゼルを川に投げ捨てるよう部下に命じたことだ。私もジゼルも、一部始終を見ていた」
「!」
カミーユがぱちんと指を鳴らす。すると、赤毛の侍女はたちまちハニーブロンドの伯爵令嬢に姿を変えた。
「あっ!」
サビーナは驚愕に目をむく。まだサビーナと目を合わすことはためらわれているジゼルを、第一王子が自分の背の後ろにかばう。
「——そういうことで、先ほどサロンを封鎖すると言った時点で身を引けば、こんなことにはならなかったが。残念だがきみを伯爵令嬢誘拐犯のひとりとして、捕らえないといけない」
「そそそんなっ……!」
背後から護衛騎士のジェレミーが彼女の腕を捩じ上げる。
「あっ、痛いっ!」
「さあ、来るんだ。今度はきみが暗くてじめじめした城の地下牢に入る番だ」
「うそっ……うそ! こんなの、うそでしょぉぉぉ?」
サビーナは悪あがきしてじたばたと暴れるが、彼女を捉えているジェレミーはびくともしない。
「やだっ、王子っ、オーブリーさまぁぁぁぁぁっ!」
絶叫と共に彼女は幕舎から出された。
「あぁ、すっきりした!」
カミーユは満足げにつぶやいた。
「ジス、大丈夫?」
オーブリーは背後にかばったジゼルに心配そうに尋ねる。
「きみが気に病む必要はないよ。なにせ、第一王子暗殺未遂と伯爵令嬢誘拐および殺害未遂に関わった罪人のひとりだからね」
ノエルがため息混じりに言った。
「修道院時代の尼僧皆殺しの件についても、証拠を集めているところだからすべてひっくるめたら罪状が多すぎて斬首刑だろう」
王子の侍従のマルクが肩をすくめる。
(久々に大物が地獄にやって来るな!!)
カミーユは無表情のままひそかにほくそ笑んだ。
ジゼルが生きて帰ってきたことを、意外にも涙を流して喜んでくれたのはアレットだった。
「そりゃあ幼い頃から何かと使い走りにしたりからかったりもしたけれど、あなたは大切なわたくしの幼馴染よ? 心配するに決まっているじゃないの。よくぞ無事で帰ってきてくれたわ」
そう言って高位の令嬢らしからぬ感情的な様子で大泣きされて、ジゼルはなんだか胸の奥が熱くなった。セヴランもちょっとは妹を見直したようだった。
子爵令嬢であるサビーナが狂言誘拐を起こし、目撃者として一緒にさらわれた伯爵令嬢であるジゼルを殺害しようとして捕まったという衝撃的な発表がなされた。表向きには、王子の命を受けた魔塔の上級魔術師がジゼルを救い出したということになっていた。
カミーユが魔術を使えるということは世間に知られないほうがいいだろうという、オーブリーとセヴランの判断によるものだった。
サビーナ逮捕のニュースは、令嬢たちを興奮させた。「やっぱりね」とか「絶対にメギツネだと思っていたわ」とか、「馬脚を現したわね」とか。彼女たちの間では、誰一人として彼女に同情的な人はいなかった。婚約者にちょっかいを出されていたし、あとの数名は第一王子や側近の令息たちに憧れていたからだ。そう言った意味で、サビーナはほとんどの令嬢たちを敵に回していた。
そして、普段は地味で存在感があまりないジゼルについては、いつ何時も礼儀を忘れず誰にでも親切だったため、彼女が事件に巻き込まれたことに同情する令嬢が大半だった。
彼女が単なる地味な令嬢だったらそんなに同情を集めることはなかったかもしれない。しかし彼女は、将来はこの国で一番高位の公爵令嬢となる身だ。アレットでさえも彼女の無事を喜んだのだから、他の令嬢たちも「無害で地味で善良な」令嬢が無事に生還したことを喜んでくれた。
かくて狩猟大会は二日目で中止となり、第一騎士団によってカイユ男爵夫人の別邸が捜査され、残党のごろつきたちが逮捕された。カイユ男爵夫人がシャイエ侯爵の愛人だということは、社交界ではだれもが知っている事実だ。第一王子の幼馴染がカイユ男爵夫人の別邸に拉致された。これがシャイエ派の仕業であることは、火を見るよりも明らかだった。
しかし王子オーブリーは、そこは追究しなかった。あくまでも、伯爵令嬢誘拐および殺害事件を、子爵令嬢と街のごろつきの犯行ということにとどめた。子爵令嬢は王子妃になりたくて、邪魔な存在の伯爵令嬢を亡き者にしようとしたと、そういうことにした。
あまり一気に追い詰めたら暴挙に出かねない血筋だからな、と第二王子のクリストフは他人事のように笑った。彼のアドバイスもあって、オーブリーはシャイエ派を追い込むことは今回はしなかった。
当分はおとなしくなるだろうというのが、セヴランたちと話し合った結果だった。
「それで、あの腹黒令嬢はどう処分されるのでしょうか?」
無表情のまま訊ねるカミーユに、オーブリーは苦笑しながら答えた。
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