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第28話

狩猟大会二日目。





 行方不明の伯爵令嬢(ジゼル)は依然として手がかりも見つかっていない。


 第一騎士団と第二騎士団は、川沿いを総出で捜索に当たった。


 この時点で、これは狩りなどしている場合ではない、直ちに伯爵令嬢の捜索に全員で当たるべきだとの第一王子の主張により、狩猟大会は中止となった。


 幕舎を畳んで森を出ようということになった午後、第一王子の幕舎の表が騒がしくなった。




「何事だ?」


 セヴランが護衛騎士に訪ねると、彼らの垣根から小柄な女がひょっこり頭をのぞかせてセヴランに微笑んだ。


「あっ、セヴラン様! よかった!」


 サビーナが騎士たちにさえぎられながらもセヴランに手を振った。セヴランは不快感を押し隠し、いつもの冷徹な無表情で首をかしげた。


「子爵令嬢。どうされましたか?」


「私がさっきからお友達だからオーブリー様に会わせてくださいって言ってるのに、護衛の方たちが通してくれないんです」


 セヴランは片眉を吊り上げる。


「婚約者でも肉親でもないのに、我が国の第一王子をお名前で呼ぶことは避けていただきたいと、日ごろからお願いしているはずですが?」


 サビーナは全く悪びれずに愛想笑いをした。


「やだぁ。どうしたんですか? 今日は怖いですね、セヴラン様ったら」


「私のことも名前で呼ぶのは卿呼び以外はお控え願いたい」


「もうっ、お堅いんだから。ではセヴラン卿、第一王子にお目通り願いたいのですが」


「お約束がない限りいきなり来られても困ります」


「ええ? だって、一緒に一冊の本を読むくらい親しいのに?」


「サロンはサロン、一般の謁見はきちんと正式な手順を踏んでいただかないと」



 サビーナの頬がリスのように膨れ上がる。


「私、ジゼル嬢のことでちょっと思い出したことがあって、殿下とお話がしたかったんですけど」


「……少々お待ちください」


 いらっとするのを抑え込み、セヴランは幕舎の中へ入る。




「オーブリー。サビーナ嬢がなにかジスのことで思い出したからお前に伝えたいことがあると、外にいるがどうする?」


 カミーユとその侍女に扮したジゼルと三人でお茶をしていたオーブリーはフンと鼻で笑いカミーユを横目で見た。


「どうしますか? カミーユ嬢」


「どんなホラ話を作ってきたか聞きたいものです」


「では、呼んでみようか」


 オーブリーはセヴランに目で合図を送った。




「オーブリー様!」


 先ほどセヴランから受けた注意などまるで聞いてなかったかのように、入ってくるなりサビーナはにこやかに第一王子を名前で呼んだ。そして同じテーブルに絶世の美女カミーユと、彼女の後ろに見慣れない侍女らしき女が控えているのを見て少し唇を尖らせた。


「すっかり元気になったようだね、サビーナ嬢」


 それはちょっとした嫌味だったが、彼女は肯定的にとらえたようだ。


「ご心配おかけしました。もう大丈夫です!」


「——それで、ジゼル嬢のことで何か?」


「あっ、はい。私とジゼル嬢はこの会場から何者かに一緒にさらわれたんですけど。暗くて寒い、じめじめした牢屋のようなところに一緒に閉じ込められたんです。その時に、ジゼル嬢が言っていたことを思い出して」




(よくも「一緒に」閉じ込められたなんて。自分は普通の部屋にいたくせに)




 ジゼルは内心そう思った。カミーユは無表情を貫いている。


「ふーん。なんて?」


「それがぁ。私たちが一緒にさらわれたということは、サロンのメンバーだからだろうって。第一王子のそばにいるからこんな目に遭ったんだって、ずっと泣いていらして。こんなことになるなら、サロンなんて初めから断ればよかったと言っていました」


 少し悲しげに、サビーナは語尾を小さくさせていった。


(そんなとこ、言ってないし。第一、今まで一度もあなたとそんな長い会話を交わしたことなんてないじゃないの)


 侍女に扮しているジゼルは拳をきゅっと握りしめ、今すぐにでも反論したいのを必死でこらえた。


 しかしまぁよくも、息をつくように嘘をつく。カミーユはサビーナから巧妙な悪意を察知して、まるで水を得た魚のように美しい瞳をさらに美しくキラキラと輝かせている。



「ふうん……そうだったのか。ならばもう二度とこんなことは起きないように、サロンは令息たちだけにしなくてはいけないな」


 オーブリーが思案気につぶやくと、サビーナは意図していた流れにならないことで動揺した。


「あっ、いえ、そう言う話じゃなくて……私は、サロンはとても好きですっ!」


「僕も好きだよ。みんなから学ぶことが多いからね。でもこれからはやはり、女性は入れないことにするよ」


「……」


 サビーナはあっけにとられた。それは彼女が期待していたことではなかった。


 もちろん、オーブリーは彼女の意図が分かっているため、誘導されないだけなのだが。


「立太子の儀が近づいてきて、僕の身の回りは物騒になってきたんだ。だからきみももう、あまり親し気にするのは控えてほしい。こんなことが起きて残念だ。ジスが生きていてくれたら嬉しいけど、どちらにせよ早く見つかってほしい」


「あ、あの……」


 サビーナは無表情のまま座っているカミーユをちらりと盗み見た。オーブリーはふう、とため息をつく。


「カミーユ嬢にも大変申し訳ない。たった一人の大切な従姉妹殿をこんな目に遭わせてしまって」


 カミーユは目を伏せて小さくこくりとうなずいた。彼女の表情からは、サビーナは何も感じ取れない。


 オーブリーは今度はサビーナのほうを見て、にやりと笑みながらさらに言葉をつづけた。


「——でもまあカミーユ嬢は魔術が使えるらしいので、必ずや真相究明に協力してもらおうと思っているんだ」


「ええ?」


 サビーナの表情がにわかに曇る。大きな瞳が左右にきょろきょろと落ち着きなく動き始める。


 オーブリーはさらに身を乗り出して声を潜める。


「実は……きみたちがさらわれて監禁されていた場所は、彼女が突き止めてくれたんだ」


「えっ?!」


「極秘情報だけど、被害者のきみには教えてあげるよ。この近くの川沿いにある、カイユ男爵夫人の別邸だ。カミーユ嬢は犯人一派の中に若い女性がひとりいたということまで突き止めた。カイユ男爵夫人は若い……とまでは言えない成熟したご婦人だし、今はご子息の留学先の外国に旅行中だ。彼女の留守中に、何者かが忍び込んだのだろうね」


「……」


 サビーナは青ざめたままカミーユを畏怖の念で見つめた。


 カミーユはやっと口を開く。


「水晶玉に、数人の男たちがわがいとこ殿を袋に詰める場面が映し出された。若い女がひとり、楽しそうに笑っていた。ああ、そう言えば令嬢にちょっと似ていたな」


「ひっ……」


「その女が、言っていた。”大丈夫、誰がやったかなんて、わかるものですか”ってね。本当にわからないものなのか……」


「……!」


 本当はカミーユが突き止めたわけではないし、彼女は水晶占いなんてしたことないのに、と背後ですました顔で控えているジゼルは心の中で苦笑した。


 そしてさらにカミーユは、冷ややかな目でサビーナを見上げて言った。

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