腹黒令嬢の断罪
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第27話
狩猟大会の第一日目は、あちこちで騒動が巻き起こった。
まず第一に、伯爵令嬢と子爵令嬢が何者かに誘拐された。
そして第二に、第一王子を暗殺しようとしていたならず者たちが狩場で捕らえられた。
第三に、誘拐された子爵令嬢が、夕方早くにずぶぬれで川辺に倒れているところを、ある貴族の猟犬が発見した。
子爵令嬢と共に誘拐された伯爵令嬢は、子爵令嬢の証言から彼女と同様に麻袋に詰められて川に流されたらしいが、周辺を捜索しても見つかることはなかった。
暗殺者たちはその日のうちに城の地下牢に送られ、厳しい取り調べが始まったようだ。
発見された子爵令嬢はたまたま袋の紐が緩まって、自力で這い出して助かったらしいが酷く衰弱しきっていた。ジゼルの名を呼んで泣くばかりで、周囲の同情を大いに引いた。
もう少しだけ行方不明のままでいてほしいとオーブリーに言われ、ジゼルはカミーユの魔術で全くの別人に成りすまし、彼女の侍女のふりをしている。
「ジス。おい。ジス」
カミーユは呆れ顔で従姉妹の肩をゆすった。
そばかすに赤毛、緑色の瞳の侍女に化けたジゼルは、救出されて以来ずっとぽやんとしている。
憧れのオーブリーが、彼女が死んだと思って泣いた。彼女の死体(偽物だけど)をかき抱き、頼むから死なないでくれと言った。そしてなにより……
本物の彼女が生きていたと知って、彼はとても喜んでくれた。彼女をきつく抱きしめて、本当に良かったと何度も言った。その時にセヴランが気を利かせて騎士たちを遠くに下がらせて、カミーユたちにもちょっと離れるように合図を送ったので、オーブリーが言ったことはジゼルにしか聞こえなかった。
「ジス、いつまでも小さな妹だと思っていたのに、実はそうじゃなかったみたいだ。さっき袋を開けて偽物のきみの冷たくなった体に触れて、どんなに深く絶望したか。もうあんな思いは二度としたくない。世界で一番、大切な存在だ。きみは僕のことをよく理解してくれているし僕は無条件できみのことが誰よりも大切だと断言できる」
「ええ? で、殿下?」
ジゼルは理解の追い付かない思考をめぐらせるけれど、今言われている意味が頭にすんなりと取り込めない。
「これでも悩んだんだ。きみはいずれ公爵家を継がなくてはならない。でもいとこが継いでもいいじゃないか? あるいは、子供が生まれたら二番目か三番目に公爵家を継がせればいい。それなら、僕の伴侶になってくれるだろう?」
「はっ、はん……りょ……っ?」
今、オーブリーがどんな表情をしているのかよくわからない。
(こっ、子供って、伴侶って……?)
「僕はきみのことが好きだ。きみは? もし僕のことは兄以上に思えないなら、仕方がないけど……」
「……」
オーブリーに抱きしめられていること自体青天の霹靂なのに、どう答えたらよいのかわからずにジゼルは口をパクパク動かす。
(これって……なにか試されてる? からかわれてる?)
「ジス?」
ぐい、とオーブリーが彼女を自分から引きはがし、じっと見つめてくる。ジゼルは今自分が、リンゴのように真っ赤な顔をしていると感じている。
「……す」
「えっ?」
「す……す、き、です……ずっと……前、から……」
消え入りそうな声でやっとそう言い終えるや否や、またきつく抱きしめられた。
「そうか。嬉しいよ、ジス。ヴィレット伯爵に、正式に婚姻を申し込むよ。立太子の儀の時に、婚約も発表しよう」
いきなりどうしてそんな展開になったかと訝るのはジゼルだけだった。
幼馴染たちはみんなオーブリーがどれだけジゼルを大切にしてきたかわかっていたし、ジゼルもオーブリーに兄以上の好意を持っていることはバレバレだった。だから彼らはじれったいと思いつつも二人を暖かく見守っていた。
オーブリーの伴侶とはすなわちこの国で将来一番地位の高い女性となるということだ。それが早くから判明すればアレットにいびられるかもしれないし、周りの悪意にジゼルが耐えられるとは思えなかったため、オーブリーは彼女をそばに置きつつも距離を保って接してきたのだ。
しかし王太子となることが決まったあたりから、彼はそろそろ求婚しようと考えていたらしい。
サビーナをそばに置いておいたことについては……セヴランが後ほど教えてくれた。
子爵がメイドに産ませた私生児として、外国の修道院で育ったというサビーナ。彼女が意図的にオーブリーに近づいていることは、セヴランも第二王子のクリストフも気づいていた。
王室の図書館の周りをうろうろしていることやオーブリーの日程を知っているらしい行動からして、何かあると彼らは勘づいた。そしてスパイとしてシャイエ派に送り込んだグリによって、彼女が彼らのたまり場に出没していることが判明した。
第二王子クリストフからも、シャイエ派の幹部が彼女に言ったことが伝わってきた。
「第一王子を誘惑しろ。弱点を掴み、スキャンダルを起こせ。彼は王太子になれなくとも大公にはなれるから、今よりぜいたくな暮らしができるぞ。王子の失墜後に、王子の側近の誰かを捕まえてもいい」
「ひどい……」とジゼルは思わずつぶやいた。セヴランは苦笑して言った。
「いや、少なくとも、彼女をそばに置くメリットはあったんだよ。アレットたち令嬢の憎しみの目がすべて彼女に向けられるだろう? オーブリーは何よりも、きみに傷ついたりいやな思いをしたりしてほしくないと常々思っていたから」
「つまり、だ。私がどうにか手助けしなくとも、いづれお前は王子に求婚されていたわけだな」
カミーユがあきれ顔でため息をついた。
「えっ、で、でも……なんと言っても一番の功労者はカムでしょう。偽物の私を作ってくれなければ……殿下の本当のお気持ちを知ることはできなかったと思うの」
ジゼルはカミーユの両手をそっと自分の両手で包み込んだ。
「あなたがいなかったら、私は勇気を持てなかったよ。嫌なことはしなくていいとか、自分の着たい服を着て誰にも遠慮するなとか……当たり前だけど、私が今までできなかったことに気づかせてくれた。カム、本当にありがとう」
ホロホロと、彼女の瞳から涙がこぼれ落ちる。カミーユの背後では二匹の黒猫がぴょんぴょん跳ねまわった。
「イェーイ! 課題ひとつクリアだな、お嬢っ!」
「嬢様、おめでとうございます~」
「!」
カミーユははっと気が付くと嬉しさの涙にぬれるかわいらしいいとこの顔を見つめた。
「あ、ああ。そうか。そうだな。ジス、よかった。本当に良かった」
カミーユは不思議な感覚を感じ取っていた。
今までに感じたことのない何か。得体のしれない満足感。課題を終えたうれしさよりはるかに勝る気持ち。
この気持ちは、なんだろう?
一体、この気持ちは……
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