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第26話

断崖の見下ろせるバルコニーに立ち、サビーナはくるくると踊りながら上機嫌で歌うように言った。


「さぁ、お別れの時よ。あんたがどんな風に死んじゃったのかは、私が王子様に涙ながらに教えてあげるわ。私だけ助かっても恨まないでね?」


 彼女の合図によって麻袋が持ち上げられ、十メートルほど下の川にぼちゃんと投げ捨てられた。


 自分(の偽物)が川に捨てられる様を見ていられなくて、ジゼルは両手で顔を覆った。


 サビーナはますます機嫌がよくなり、きゃぁっっと喜びを叫ぶ。


「バイバイ、ジゼル。やっと目障りなあんたを取り除けて嬉しいわ」



 ジゼルはそれを聞いて涙ぐんだ。一体自分が何をして、それほど彼女に嫌われていたのかさっぱりわからない。


「——お前に落ち度はない。人の立場や持っているものをうらやむ欲深い人間とは、みんなああいうものだ」


 カミーユはいとこの背をそっとさすった。


「さて。王子はどのあたりにいるか見に行ってみよう」


 彼女はジゼルの手を引っ張って言った。




 四人は姿が見えない魔術をかけたまま、第一王子のいるあたりに飛んだ。


 ちょうど川べりの断崖の地下牢の側面を探っていたオーブリーは、頭上からいきなり降ってきた大きな袋が川面にものすごい音を立てて落ちたのを見て驚いた。


「なんだ?」


「袋ですね、人がひとり、入れるくらいの……」


 セヴランの言葉を聞いて、オーブリーはぎょっとする。


「おい! あの袋を引き上げるんだ! 早く!」


 騎士たちに命じて彼も袋を追う。


「——サビーナ」


 セヴランが頭上を仰いでつぶやく。オーブリーもセヴランの視線の先をたどり、信じられないと言うように目を見開いた。



 サビーナが、バルコニーで笑っている。


 バルコニーと岩の陰になり彼らの姿は見えていないが、彼らにはバルコニーから身を乗り出す彼女が、はっきりと見える。




「バイバイ、ジゼル。やっと目障りなあんたを取り除けて嬉しいわ」




 そんなことを言っている。オーブリーは下唇をかみしめた。そして流される袋を追って行った騎士たちのあとを追った。







 袋は大きな岩に引っかかった。それを騎士たちが数人がかりで川に入って引き上げてきた。


「ま、まさか、ジス……」


 オーブリーは震える手で袋の口の革ひもを解こうとしたが、なかなか解けない。セヴランが見かねて短剣で革ひもを断ち切った。


 水にぬれたハニーブロンドの頭頂が見える。オーブリーはぶるぶると震えながらも袋の口を大きく開ける。どさり、と袋の中のものが外に出てきて、セヴランも騎士たちも息をのんだ。


「ジス……?」


 セヴランの声も震えている。


「ジス……ジス、嘘だろう? ねぇ、目を開けてくれっ!」


 オーブリーは震える手で冷たく青白いジゼルの頬にそっと触れた。


「う……ああ! ジスっ! 頼むからっ、死なないでくれっ!」


 彼は濡れたジゼルの冷たい体を抱きしめて泣いた。セヴランは薄い唇をかみしめる。騎士たちはみなうなだれる。


 嘆きながらも、オーブリーはあきらめがつかないようだ。彼は冷たいジゼルの胸に耳を当てる。そして鼓動が伝わってこないことを悟ると、涙をあふれさせた。


「ジス……ジスっ。守ってあげられなかった……ごめん、ごめんよ……」


 ぷらん、と偽物のジスの腕が垂れる。オーブリーは偽物のむくろをぎゅっとかき抱いて声もなく泣いている。



「……っ!」


 ジゼルは思わず駆け出していきそうになる。駆けだして行って、私はここにいますと今すぐ伝えたいと思う。しかしカミーユが彼女の手をぐっと引いた。


「まだだ、ジス。もう少しだけ待って」


「……」


 ジゼルは泣いている。カミーユは意志の強い瞳でジゼルを見つめる。



「サビーナ嬢、ついにしっぽを出したな」


 セヴランが冷たく呟いた。彼の目の端からも涙がこぼれている。ジェレミーも袖で涙をぬぐっている。


「オーブリー、もう彼女を泳がせておく必要はない。ジスの仇を討とう」


「だがもう、そんなことをしても、ジスは戻ってこないんだ……ジス、ジス。頼むから嘘だと言ってくれ。きみがいなくなるなんて、信じられない」


 オーブリーは(偽物の)ジスをきつく抱きしめたままむせび泣いた。




 ぱちん。




 カミーユが指を鳴らす。これで姿の見えなくなる術は解かれた。


 彼女はジゼルの手を引いて、王子たちの前まで歩み寄る。


「殿下。本物のジスはここです。それは私が作り上げた偽物なのでご安心を」


 その声にはじかれたように顔を上げたオーブリーは、悲しみの中に歓喜の色を浮かべた瞳で泣いているジゼルを見た。


「ジス? 本当に、ジス?」


「はい、殿下」


「ジス!」


 オーブリーは立ち上がり、(本物の)ジゼルをがっしりと抱きしめた。


「ジス! よかったっ、生きていてくれて、本当によかった!」


 セヴランのまた別の意味で泣き出しそうな顔を見て、カミーユはにやりと笑んだ。


「あなたたがたはあの腹黒令嬢がシャイエ派であることを知っていて、泳がせていたのだな」


「そうです。こちらもスパイを送り込んでいましたから、お互い様です」


 セヴランはカミーユの背後で控えているグリを一瞥して言った。セヴランの視線をたどってグリを見ると、ああ、とカミーユは呟いた。


「そういうことか」


「しかしまさか、サビーナ嬢がジスを手にかけるとは思いませんでした」


 セヴランは悔しそうにつぶやいた。


「私がいる限り、ジスは危ない目には遭わせない。王子のスパイも、ジスを守るように命じられていたようだし」


 グリがはっと顔を上げる。目深にかぶったフードの下で、彼はカミーユを見つめる。カミーユもまた、彼をじっと見つめている。


「そうです。グリがいれば心配ないと思っていました。でも今回は……あなたの作戦ですか?」


 セヴランがふと笑うとカミーユは唇の端を引き上げた。


「鈍いジスに鈍い王子。衝撃療法といったことろかな」



 カミーユは(本物の)ジスを抱きしめたままのオーブリーを見て肩をすくめた。

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