第25話

魔獣エリアで第一王子を亡き者にしようと狙っていた一団は、王子の側近ワトー公爵令息セヴランの機転と第二王子の策略によって全員が捕らえられていた。


 第二王子はその様子を遠巻きに見て多少驚いた風を装っている。


「これで全員か?」


 第一王子オーブリーがセヴランを振り返る。


「はい。すべて捕らえました」


 セヴランが頷く。



「殿下ぁ!」


 騎士服に身を包んだ妖艶な美女が、あたふたと駆け込んでくる。


「うん? あなたは確か、ルエル公爵家の騎士……」


「はい! カミーユ様の従者です! 実は、ジゼル様が何者かにさらわれて、お嬢様が魔塔の上級魔術師と救出に向かいました!」


「はっ?! ジスが? 誰にさらわれたって?」


「魔術師が言うには、カイユ男爵夫人の別邸にさらわれたそうで……お嬢様からの伝言ですが、殿下はこちらでお待ちくださいとのことです」


 第一王子のオーブリーは両手で顔を覆ってその場にしゃがみ込んだ。そして立ち上がり、苛ついた口調で言った。


「グリがともに向かったのであれば、安心だろう。だが、おとなしく待っているなんてできるわけがない。セヴラン、ジェレミー、僕たちもカイユの別邸に向かうぞ!」


「えっ? ちょっと……兄上! 俺も……」


 第二王子のクリストフがあわてて馬に飛び乗ろうとする。オーブリーは左手を揚げて弟を制す。


「お前は知らぬふりを通すべきだ。私たちが通じていることを知られるべきではない」


「……うん、ああ、そうだな……じゃあ、早く行ってくれ。俺はこの場を何も知らないふりして取り仕切っておくから」


「頼んだぞ!」


 オーブリーはひらりと馬に飛び乗ると、セヴランとジェレミー、第一騎士団の騎士たちを従えてものすごい勢いで狩場を走り去っていった。






「偽物のジスをおいて行こう。間違いなく、あの腹黒令嬢はそのジスを殺すだろうな」


 カミーユが冷たく整った美しい顔にうっそりと笑みを浮かべた。そういう邪悪なことを考えているとき、彼女は鳥肌が立つほどに美しいとジゼルは思う。


 自分が何をしてそれほどサビーナに恨まれているのかは全く見当もつかないけれど、彼女は確かにジゼルを殺してしまおうとしているようだ。



 偽物を残し、三人は速やかに地下牢を去った。屋上に立つと、上空を旋回していたウァラクが彼らを見つけて下降してきて、ドラゴンから人間に姿を変えた。


「どうやら第一王子たちの一団が、ここに向かってきているみたいだよ」


「おとなしく待っていろと言っても、来るとは思っていたがな」


 カミーユは苦笑した。


「ああ、きっと……サビーナ嬢がさらわれたことをお知りになったのね」


 全員が目を見開いて暢気な発言をしたジゼルを見た。


「……お前」


 カミーユが呆れる。


 グリがローブを目深にかぶったまま頭を左右に振る。


 ウァラクでさえも肩をすくめて呆れる。



「——わかった。じゃあ、一万歩ゆずって、そう言うことにしておいてやろうか。お前は鈍すぎる。私がそれを今日、証明してやろう」


「なにを証明するですって?」


「今から、偽物のお前は袋詰めにされて川に流され、溺死する。ちょうど第一王子が到着するころにそうなるようにしてみようか。我々はその様子を観察する」


「うわぁ。お嬢。それ、悪趣味っ!」


「うるさい。そうでもしなければ、私の課題は達成されないままだ。あの第一王子の鈍さも苛つくから、この際荒療治といこう」


 グリがローブの下で小さなため息をついた。




 カミーユ、グリ、ジゼルの三人は姿が見えなくなる魔術をかけて、地下牢へ戻った。


 気を失ったジゼルが入れられていた暗くじめついた牢の中には、カミーユが作り出した偽物のジゼルが横たわっている。


 やがて階段のほうがざわついて、男たちが四人とひときわ小柄な女がひとり下りてきた。


「本当にやるんですかい?」


 年配の気の弱そうな男が不安げに訊ねた。


「やるのよ。顔を見られたの。やるしかないでしょ」


 サビーナは楽しそうに笑みを浮かべている。


「貴族を殺したら、俺らも死刑になるでしょう」


「大丈夫。誰がやったかなんて、わかるものですか。私が後でうまく証言しておけば迷宮入りよ」


「お嬢さん、あんたってお方は見かけによらず恐ろしいかただ」


「いいからさっさと、あの子を袋詰めにして。バルコニーからどぼんと川に落としてくれれば、私がうまくやるから」


「へい」




「信じられない」というような表情で固まるジゼルの肩を、カミーユはそっと抱いた。


 ジゼルはもう片方のカミーユの手をきゅっと握りしめた。



 男たちが大きな麻袋に気を失った(偽物の)ジゼルを詰め込む。彼女の体は膝を曲げた姿勢ですっぽりと袋に納められる。最後に気の弱そうな年輩の男が革ひもで袋の口を頑丈に結ぶ。そして若くて体格の良い男が袋を肩に担ぐ。彼らの先頭を行くサビーナはふんふんと鼻歌を歌っている。


「これで邪魔者がいなくなって、心置きなく王子を落とせるわ」



 ジゼルの手がふるふると震える。カミーユはそれをきゅっと握り返す。


 今までどこかにいたウァラクが戻ってきて、カミーユに耳打ちする。カミーユはうなずいてグリを見る。


「第一王子が到着して、城の周りを探っているらしい」


 グリは苦笑して微かにうなずく。本物を救い出したので彼の仕事は一応完遂しているが、カミーユのこの「作戦」を止める権利は彼にはない。


 彼らはサビーナたちのあとをついて地下牢を後にした。

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