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第22話
カミーユたち三人が一般の狩場に入って行った幻影を見て、貴族の令息たちが苦笑して囁き合う。
「あーあ。やはりあのようなきらびやかなレイピアで参加なさるとは、何もご存じないお嬢様なのだろうな」
「しょせんは令嬢のお遊び程度でしょう」
「あんなにお美しいかたならば、幕舎の中でお待ちになれば我々が競って獲物を献上するのですがね」
ははは……と連中が笑うのを肩越しに振り返って鼻で彼らを笑い、カミーユはひそかに魔獣エリアに入って行った。
一歩内側に入るや否や、ウァラクがぱちんと指を鳴らすと三人は瞬間的に魔獣エリアの最奥に出た。
「やれやれ。お嬢、こんな面倒なことをしなくても、魔術師の待機エリアに行って奴を呼んでもらえばいいと思うんだけど」
「うるさい。こちらから近づけば魔塔主に知られるだろう? それより早く、魔獣を召喚しろ」
「はーいはいはい」
ウァラクは宙に魔方陣を描いて空間を切り裂いた。すると、中の裂け目から何やら邪悪な気配がいくつか飛び出てきた。
「……」
カミーユとリリアは小さなため息をつく。ぞろぞろと飛び出してきたのは、体長が一メートルほどのウコバクという下級悪魔が十体ほど。彼らは普段は地獄で、罪人たちをありとあらゆる手で拷問する役目を負っている。
「——おい、ウァラク。お前はこのちっさい奴らが獰猛だと思うのか?」
カミーユがため息混じりに言う。
「あー、えっと」
ウァラクはウコバクたちを、右の人差し指から放った青白い炎で一瞬にして焼き消して頭を搔いた。
次に出てきたのは体長が二メートルほどの大きな黒い犬が三匹。らんらんと輝く真っ赤な炯眼が獰猛にカミーユを睨みつける。大きく裂けた口からはオレンジ色の炎を吐き出してうなり声をあげている。
カミーユが指をぱちりと鳴らすと、犬たちの鼻先がじゅ、と音を立てて青い炎で焦げあがった。きゃん、と悲鳴を上げ、それらは耳を倒し体勢を低くしてしっぽを両足の間に巻き入れた。
「
「うーん。じゃあ、
身長五メートル超の緑色の一つ目巨人が魔方陣からのろのろと出てくる。顔の上半分には血走った茶色の大きな目が一つ。鋭い牙の間からは荒い息遣いが聞こえてくる。
「デカいだけだろう? あいつらはわんこより弱いし知能が低い。しっかりしろ、ウァラク」
カミーユはヘルハウンドもサイクロプスも指先ひとつで瞬殺してしまった。
「お前、本当に三十もの軍団を率いる地獄の大総統なのか?!」
あきらかにばかにした口調のリリアが鼻で笑う。
「うぬぬぬぬ。こいつで……どうだっ!」
宙に描かれた魔方陣が三十度右回りに回って、陣の中のルーン文字がとろりと変化した。すると彼らの立っていた場所に、にわかにさっと陰が差した。
「おお。これだな」
「カルキュドリか。ふん、ま、いいんじゃないか?」
カミーユとリリアが体長五メートル、体高三メートルほどの巨大な魔物を見上げてこくこくとうなずいた。
大きく裂けた牙だらけの口はワニのように長い。眼光は黄金色で爬虫類のようだ。
それは今、ウァラクの魔力で身動きできないように捕縛してある。
「まぁ、迫力は合格点ですね。ところで嬢様、カルキュドリをしとめたことはおありでしたか?」
リリアがカミーユを見て首をかしげる。カミーユは肩をすくめた。
「いや、初めてだが。なんとかなるだろう。おいウァラク!」
「へいへい」
ウァラクはぱちりと指を鳴らして魔物の捕縛を解き放った。
カルキュドリはワニのように巨大なあごをガチガチと開閉し、うなり声をあげて威嚇してくる。
「お手伝いは必要ですか?」
リリアの言葉にカミーユは首を横に振る。
「まずは一人でやってみよう」
「本当に来るんですかね、あの魔術師」
ウァラクがあくびをしながら言った。
ドカン、と大きな音と地響きがして地面が揺れた。
カルキュドリが威嚇のために、二メートルはある固いうろこに覆われたしっぽで地面を叩いたのだ。その全身からは紫色の炎がフレアアップする。どうらやとても気が立っているらしい。鋭い爪をむき出しにした大きな四肢が大地を削り取りながらのめりこむ。低いうなり声を咆哮に変え、それはカミーユめがけて突進してきた。
「最初はまあ、殺さない程度にだな」
カミーユは青白い炎を指先から魔物に向かって発した。一直線に飛んだ炎は紫の炎に包まれていた体をその上から覆い、激しく垂直にフレアアップした。魔物の叫び声が森に不気味に響き渡る。
「あぁ……ほれぼれする。ああして炎を操るところは、まさにお父上譲りですこと」
うっとりとリリアがため息をつく。
「はぁ? 地獄の大公爵の火炎攻撃はもっとえげつないだろ?」
ウァラクが片眉を上げる。
「確かに。半魔の私など父上の足元にも及ぶまい」
カミーユの開いた左手の五指の先から発せられた青白い炎が、カルキュドリを絡めとる。それは魔獣の体に有刺鉄線のごとく絡みつき、突き刺さる。その苦痛のために魔獣は巨大な尻尾で地面を叩きえぐり取りながら激しくのたうち回る。
「感じる……どうやら、近づいてくるようだ」
強烈な魔力を感知して、カミーユは口元をほころばせた。リリアとウァラクも感じ取ったらしい。全員の気が少しだけ魔獣から逸れた。
それは、そんなほんの刹那のことだった。
のたうち回るカルキュドリの固いうろこに覆われた太いしっぽが、遠心力を得てカミーユめがけて振り下ろされた。
「しまっ……」
気づいたときには、避けられないほど目の前に来ていた。
「嬢様っ!」
「お嬢っ! くそっ!」
リリアとウァラクも瞬時に飛び出す。しかし、間に合わない。
衝撃に備えてカミーユは顔を覆うように防御の姿勢を取った。吹き飛ばされた衝撃を抑えるための魔術を両腕に込める。
その時、頭上から青い稲妻がカルキュドリの体に突き刺さった。それにほんの一瞬遅れて、ウァラクの群青色の炎もカリュキュドリに放たれた。
カミーユは左手を翳して目をかばう。あまりのまばゆさに何も見えない。
ぎゃぁぁぁぁ! と、魔獣の絶叫が響き渡る。稲妻が地面に突き刺さる強烈な音と衝撃に、周囲の木々からは小鳥たちが怯えて一斉に飛び立った。
「……?」
リリアがカミーユに駆け寄って、彼女に覆いかぶさる。リリアの腕の隙間からカミーユは横たわり絶命した魔獣のほうを見て息をのんだ。
雷に打たれて焼け焦げた巨体の三メートルほど上に浮いている、濃い紫色のローブの男。深くかぶったフードの下から、冷ややかな視線がカミーユに向けられている。
「……」
「……」
その場に突如現れた圧倒的な魔力に、ウァラクもリリアも固まってしまう。
ひらり、魔術師は着地してリリアに抱きしめられたカミーユのほうへ歩み寄ってくる。
「……どうしてこんな魔獣がここに?」
怒りを抑えた低い声。
小刻みに震えているリリアの腕の中からゆっくりと立ち上がり、カミーユは魔術師の前に出る。驚愕で動揺したまま、濃い紫のローブのフードの奥の瞳を見つめる。
「明らかに、こちらの世界には存在しない魔獣なのに……」
彼の唇が動く。それをカミーユはただひたすらに見つめている。
そっと手を伸ばし、彼女は紫のローブのフードを後ろに引いた。はらりと、銀糸のような前髪が端正な顔に降りかかる。金色が散らばる青緑色の瞳が、まっすぐにカミーユを見つめている。
そして彼は形の良い眉を不審にゆがめたままカミーユに言った。
「あなたは、一体……何者なのですか?」
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