3
第17話
「前回はそんなに彼とは話していなかったように見受けられましたが。僕もあなたといろいろなお話がしたいのに」
ジゼルはひゃっと、声にならない小さな悲鳴を飲み込む。
王弟の一人息子であり、第一王子と第二王子の従兄にして未来のエライユ公爵となるノエル。
意図して目立たないように行動しているのは、同じように目立たないように行動しているジゼルにはよくわかる。しかし彼の場合はその容姿の美しさから、令嬢たちが放っておくことはない。多くの家門から求婚状が来ていると聞く。舞踏会でも彼が誰と踊るのかは、令嬢たちの話題の中心に常に上る。
物静かで感情をめったに表さないが、ジゼルのことも幼馴染の妹分として気にかけていてくれる。彼女が記憶している限りでは彼はマルクのように社交的ではなく、女性にもあまり関心を示さないほうだ。
その彼がカミーユに興味を示しているのだ。これはすごい。
「では、七日後に開催される王室主催の狩猟大会のことについて教えてください」
カミーユがそう言うと、ノエルは灰色がかったヘーゼルの瞳を細めて魅力的な笑みを見せた。
「よろこんで」
三人は大テーブルの隅で角向かいに座り話を始めた。
「狩猟大会は国王の主催で年に一度開かれ、三十歳までの未婚の貴族および騎士爵を持つ者たちが出場するということは。ジスから聞きました」
カミーユの言葉にノエルはうなずいた。
「はい。十二歳から参加資格があり、健常者であれば文官・武官の区別なく基本的に参加は義務です。狩りに赴かなくとも、大会の準備や進行に携われば参加義務を果たすことになります。騎士爵のものは、平民出身でも参加資格があります」
「参加することに意義があるということですね」
「その通りです。三十歳以下でも、妻帯すれば参加資格がなくなり、見物人となるのです」
「未婚の子弟だけを参加させるのは、婿の見本市のようなものだからでしょうか」
「ははは。なかなか、直接的な表現をなさいますね。しかし、的を得ています。娘しかいない家門は、よい婿を探すことができます。あるいは、次男以下にも優れた人材はいるはずです。どこかの婿養子にならないのなら、文官か武官として国のために適所で実力を発揮してもらうのです」
カミーユだけではなく、ジゼルも改めて感心しながらノエルの話にうなずく。
「
「あまりにも危険な魔獣をしとめ損なって危険な場合はどうするのですか?」
「その場合は、魔塔の上級魔術師たちにしとめてもらいますね。しかし通常は凶暴な巨大魔獣が生息していない森で魔塔の養殖魔獣が狩場の結界内に放たれるので、今までそういったことはなかったと記憶しています」
「ちなみに、獲った獲物はどうなるのですか?」
その質問にはノエルだけでなくジゼルも微笑む。
「初めは王や王妃に捧げられていたようですが、参加者が未婚の若者とあって、いつしか恋人や婚約者、意中の令嬢にささげられるようになりました。婚約者には衆人環視のなか、求婚の告白に添えて捧げられることもありますね」
「そのあとは、通常の獲物は王城から同行した料理人たちがさばいて料理するの。天幕を張った野外の席で、昼餐会に出されるのよ」
「そうそう。猛獣はあとで毛皮やはく製にして国王にささげられたり、家門で管理したり。魔獣の場合は死んでしまったとしても研究のために魔塔に引き渡します」
「なるほど……それぞれの人たちにとって利益が生じるのですね」
「ああ、そうですね」
ノエルはふふ、と笑った。ジゼルは別の笑みを浮かべている。
(女性には愛想を振りまかないあのクールなノエルお兄様が、純粋で素直な少年のように見える。カムに関心がおありなのね)
カミーユは何やら考え込んでいる。そしてにやりと口の端を上げるとジゼルに言った。
「ジスよ、私も参加したい」
ジゼルは首をかしげた。
「ええ。もうすでに私とあなたの分は、令嬢たちの幕舎の中に席を頼んであるわ」
「いや、そうではなくて。私も、狩るほうに参加したい。ルエル公爵家の者として」
ジゼルとノエルはほぼ同時に叫んだ。
「はい?!」
ふたりの驚きの叫びにオーブリー、セヴラン、サビーナが一斉に三人を見た。
「一体、どうした?」
オーブリーが尋ねる。
「いや、カミーユ嬢が、狩猟大会にルエル家門として参加したいそうだ」
ノエルが答えると今度はオーブリーとセヴランが驚きの声を上げた。
「はぁ?」
(病弱で、病気療養に来たっていう設定だったはずでは……?)
ジゼルが視線で不安を訴えるが、カミーユは余裕の表情でうん、とうなずいた。
「それは、狩りをするということですか? カミーユ嬢」
セヴランが信じられないと言った口調で尋ねる。
「まあ、そんなところです。殿下、今からでも私の参加をリストに加えていただくことは可能でしょうか」
淡々としたカミーユの質問に、オーブリーはうーんと首をひねる。
「可能は可能ですが……見学席ではなく、本当に狩りに参加されたいのですか?」
「はい。私にはソードマスターの護衛騎士もいますし、家門の騎士団もいますのでぜひ参加させてください」
ジゼルはぽかんと口を開けて、淑女らしからぬ間抜け面で従姉妹を見つめた。
カミーユはジゼルの視線を受けて、なにやらよからぬ笑みを微かに唇の端に浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます