腹黒令嬢VS.モブ令嬢+悪魔令嬢
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第15話
カミーユが来て二度目のサロンの日がやってきた。
サロンが始まって以来、今までにないくらいジゼルはわくわくしていた。
たった二人だけの女子メンバーのひとり、ベルジュロン子爵令嬢サビーナ。
ベルジュロン子爵がメイドに産ませた私生児で、外国の修道院育ち。だから、この国の貴族の作法が身についていなくても多少は寛容にみられていた。
ジゼルは彼女と仲良くなりたいと思っていたが、サビーナはそうは思っていなかったようだ。
サビーナとジゼルが参加するようになった初めてのサロン。
オーブリーはみんなにサビーナを紹介した。妖精のようにかわいらしい彼女は、愛嬌たっぷりに自己紹介をした。明るくていい子なんだなと思い、メンバーたちと笑顔で話す彼女にジゼルが声をかけると……
「サビーナ嬢、はじめまして。ジゼル・ド・キュヴィエです。どうぞよろしくお願いいたします」
お辞儀をする。五秒、返事がない。
どうしたのかとふと顔を上げてみると、ジゼルの心臓は凍りつきそうになった。
今まで周りに振りまいていたやわらかな笑顔とは大違い、冬の並木道を吹き抜ける北風のようなぞっとする寒さをほうふつとさせる、凍てついた表情。
サビーナは氷のような冷たい表情で目の前のジゼルを
一瞬、ジゼルはわが目を疑った。見間違いかも? とも思った。彼女が不安げな視線を泳がせるとサビーナはぱっと笑顔になり、よろしくお願いいたしますとお辞儀を返してきた。それでジゼルは、あれはやっぱり見間違いだったのだと安堵した。
しかし。
おかしいな、と思うことはそれから今までに何度かあった。
オーブリーやほかのメンバーと楽しそうに話しているサビーナに話しかけようとすると、無視されたりどこかほかの人のところに去られてしまったりすることがよくあった。もしかして自分は、知らないうちに何かサビーナの気に障るようなことをしてしまったのかもしれないと悩んだ。
ワトー公爵令嬢のアレットからはサビーナを見張るように命令されているが、これといって彼女の害になるようなことを報告したことは一度もなかった。そのせいでジゼルはアレットたちから役立たずのお子様と思われているのだが、それでいいと思っている。だから冷たくされることは考えても考えても、思い当たる理由がない。でもやはりよくわからない。
そのことに気づいて以来、サビーナの気に障らないように遠慮して、なるべく近くにはいないようにした。
たったふたりきりの、女性メンバーなのに。「お兄様」たちだけでなく「お姉様」ができたと喜んだのだけれど。
サビーナと仲よく楽しく過ごしたいというジゼルの夢は、儚く消えたのだ。
しかし、今はカミーユが一緒にいてくれることで、ジゼルは心が浮き立った。
血のつながった従姉妹というだけでもとんでもなく嬉しいのに、サロンに一緒に来てくれるのだ。彼女は愛想がいいとは言えないけれど、だからと言ってしらけたり退屈そうにしたりしないで、ジゼルの話をよく聞いてそれに対する彼女なりの意見を述べてくれる。
今までは、ジゼルが新しいドレスを着たりきれいな髪形をしてきたりすると機嫌が悪くなった(ように見えていた)サビーナを見るのが嫌で常に地味な格好をしてきたジゼルだが、今日はカミーユと彼女の侍女(人間ではなく夢魔だけど)のアドバイスでかわいい恰好をした。
サビーナにどんな目で見られようが、カミーユが一緒にいてくれれば全く気にならない、と思うようになった。
「いよいよ、腹黒令嬢と対面できるな。お手並み拝見と行こう」
カミーユは(あまり表情に変化は見られないが)楽しそうに口の端をつり上げた。
王城の図書室。
「ごきげんよう、ジゼル嬢、カミーユ嬢。お二方とも、本日も大変麗しくていらっしゃる」
入室するなりセヴランが淑女への礼を取ってくれる。今までカミーユがいなかったときも、彼だけはいつもジゼルにも正式な挨拶をしてくれていた。
「ごきげんよう、セヴラン卿」
カミーユは抑揚のない声で丁寧に挨拶を返した。
「カミーユ嬢、サビーナ嬢を紹介いたします。ジゼル嬢も一緒にこちらへ」
セヴランに促されて、二人は壁際のソファへ向かう。
(今日も、あんなにくっついてるのね……)
ソファに隣同士に座り、まるで恋人同士のように親密な距離で楽しそうに話すオーブリーとサビーナを見て、ジゼルはいつものようにちくりと胸が痛んだ。近づく三人に気が付いて、オーブリーが顔を向けて笑顔を見せる。
「ジス、カミーユ嬢。ごきげんよう」
ジゼルとカミーユは王子にカーテシーをする。
「殿下。カミーユ嬢にサビーナ嬢を紹介しようと思います。カミーユ嬢、こちらがベルジュロン子爵令嬢のサビーナ嬢です。サビーナ嬢、こちらはジゼル嬢の従姉妹の君でルエル公爵令嬢のカミーユ嬢でいらっしゃいます」
「よろしくお見知りおきを、ベルジュロン子爵令嬢」
カミーユが抑揚のない機械的な挨拶をする。サビーナは第一王子の隣に座ったまま愛想笑いを向けた。
「あ、はい。サビーナとお呼びください。私もカミーユ様と呼ばせていただきます」
ジゼルは眉をひそめた。
(子爵令嬢が公爵令嬢を紹介されているのに、座ったまま挨拶するなんて。しかも自分から、気さくな呼び方をさせていただきますとは……すごく、失礼だわ)
ちらりとセヴランを一瞥する。彼も同じことを思ったらしく、さっと青ざめて冷ややかなまなざしでサビーナを見ている。
「カミーユ様はとてもお美しいかたですね。ジゼル嬢の従姉妹の君とは思えないくらい! ね、オーブリー様!」
――アレットがサビーナに切れてしまうのも、わかる気がする。ジゼルでさえもごく親しい一部の人々の中で本人の許しがなければ、本人以外の前で第一王子を名前や愛称で呼んだりはしない。婚約者でもないのに王子を人前で名前で呼ぶことは、淑女のすることではない。
(それにしても今……カムを褒めるとみせかけて私のことをさりげなく貶めた?)
ジゼルはドレスのスカートの襞の陰できゅっとこぶしを握り締める。
「え? まぁ、あまり似てはいないけど、ジスはどちらかというとかわいい感じだから」
オーブリーの能天気な受け答えにセヴランはかすかな失望の溜息をつく。そういうことじゃない。
「でも、ジゼル嬢はおとなしくて控えめなかただから、カミーユ嬢と並ぶと、彼女の侍女のようですね」
さらにしぶとく、にっこりとサビーナは愛嬌たっぷりに微笑む。ぴく、とジゼルの拳が震える。
(悪気はない、悪気はなく、何の考えもなしに言ってるだけよね……?)
「サビーナ嬢、それは失礼な発言です」
セヴランの冷たい声が低く響く。
「えっ? あら、そうでしたか? ジゼル嬢、失礼だったら申し訳ございませんでした……」
サビーナは困ったように眉尻を垂れた。さらに何か言おうと口を開きかけたセヴランの脇から、さらに温度の低い冷静な声がそれを遮る。
「そうですね、本当に失礼です」
「え?」
サビーナは意表を突かれたように、うすいグリーンの瞳を見開いた。
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