初サロンと招待状

第10話

図書室。



 第一王子オーブリー。


 ワトー公爵令息セヴラン。


 王弟エライユ公爵令息ノエル。


 ボードリエ侯爵令息で第一王子護衛騎士ジェレミー。


 ボー伯爵令息にして実業家で第一王子の侍従マルク。



 普段おっとりしている者も冷静沈着な者も、あまり女性に興味を示さない者も女たらしな者も、全員が初めて会った公爵令嬢カミーユの稀有な美貌に、いろいろな意味で見とれてしまっていた。




 ――囚人の脱走騒ぎのあと。


 彼らはそれぞれに忙しく動いていた。


 カミーユと合流したジゼルが図書室へ行った時は、まだ誰も来ていなかった。今日は中止になるのかと帰りかけたころ第一王子の侍従を務めているマルクがやって来て、もうすぐ行くから帰らずに待っているようにとのオーブリーからの伝言を伝えた。



 ばさばさばさ。



 ジゼルの背後に立ち、本棚をぼんやり眺めているカミーユを見たとき、マルクは手にしていた書類の束をうっかり床に落としてしまった。


「お、おちびちゃん?」


 彼はカミーユを凝視したまま、呆然としたままジゼルに声をかけた。


「はい、マルク卿」


「あの……彼女が、きみの従姉妹?」


「はい」


 ふふ、と口元をほころばせながら、ジゼルはちらりとマルクを盗み見た。


 少し長めのダークブラウンの髪を後ろでひとつに束ねたマルクは、第一王子のサロンでは最年長の二十歳。愁いを帯びた灰色の瞳が年よりも大人びた色気を放っていて、年下の令嬢から母親に近い年代の既婚のご夫人方にまで人気の、甘い雰囲気の美男子。だが今の彼は架空の生物に遭遇した幼い少年のように、ただひたすら驚きを隠せずにうろたえていた。


 幼い頃はジゼルをおんぶして子守唄を歌ってくれて、いまだにジゼルを「おちびちゃん」と呼んで小さな子ども扱いする。


 ジゼルはとっておきの内緒話をするように、マルクの耳にささやく。


「私と同い年です」


 頭上にエクスクラメーションマークを出現させたような勢いで、マルクはジゼルを見た。


「あれで、じゅうろく?」


 こくこく。ジゼルはうなずく。


「おちびちゃんとは大違いだ……」



 次に入ってきたのはノエルだった。


 何者に対してもけだるげで冷静で動じることのない彼もまた、カミーユを目にしたとたん固まってしまった。第一王子のひとつ年上の従兄として、美しい外見と知的な内面の王族の血を引く未来の公爵として、国内外の令嬢たちからひっきりなしにダンスを申し込まれ求婚される彼でさえも、カミーユには赤面してしまった。いつも口数が多いほうではないけれど、今日はほとんど言葉を発していない。



 そしてそのあとに三人が一緒にやってきた。


 第一王子は入室するなりまっすぐにジゼルに歩み寄り、今朝の騒ぎで危ないことはなかったかとねぎらいの言葉をかけてきた。ジゼルが問題ありませんでしたと応えると、次に彼女を褒めた。


「今日はどこか違うね。妖精みたいだよ」


 ジゼルは赤面する。そんなことを父と祖父以外の男性に言われたのは、生まれて初めてだった。オーブリーの背後でセヴランがくすっと笑う。


「い、従姉妹の侍女が、せっかくだからと彼女と同じようにしてくれたんです……」


 耳まで赤くなりながらジゼルはぽそぽそと言った。


「ん? 従姉妹の君? ああ、あちらか」


 そこでオーブリーは初めて大テーブルの脇に立って頭を下げているカミーユに気が付いた。歩み寄り、頭を上げるように言い自己紹介をする。


 オーブリーの背後でジゼルはカミーユに向かって口をパクパクと動かす。



(く・ちょ・う! 話し方に気を付けて!)



 カミーユはカーテシーをして静かに話す。


「カミーユと申します」


「うわぁ。お美しいですね」


 オーブリーは素直に感動を口にした。


「ありがとうございます」


 お互いに表面的なあっさりとした挨拶が終わる。



 セヴランは淑女に対する洗練された完璧な挨拶をした。そして明るいブラウンの髪にグリーンの瞳の女性慣れしていないシャイなジェレミーも、がちがちに緊張しながら淑女への挨拶を終えた。



 全員幼馴染としてよく知っているジゼルだが、彼らがこうも緊張して落ち着かない様子でいるのは初めて見た。サビーナに初めてあいさつした時は、誰も緊張していなかったのに。



 オーブリーが図書室で偶然サビーナと出会い、ブクレール語やさまざまな分野の本について話すようになり、彼がサロンに誘って彼女をみんなに紹介したのだ。


 思えば、あのころから彼女はあまりジゼルには親し気ではなかった。みんなとは愛想よく笑顔で楽しく話すのに、ジゼルが話しかけると適当に彼女をあしらう感じで、すぐに別の誰かに話しかける。


「ジスに仲良しの令嬢がいるといいと思って」誘ったのだとオーブリーは言った。でも、サビーナのほうがどこか薄くて見えない壁を作ったまま、ジゼルとは親しくしたくないように思える。そうだ。サビーナと言えば。


「今日は、サビーナ嬢はいらっしゃらないのですか?」


 ジゼルの問いかけにはセヴランが答える。


「ああ、今日は何か重要な用事があるので登城できないとの連絡が昨日届きました」


 サビーナが来ないと聞くと、どこか安堵する。彼女がオーブリーにぴったりくっついているところを見なくて済むし、サロンのあとにアレットがとりまき連中と現れて彼女をいじめるところも見なくていいのだ。


「ちなみに、アレットもサビーナが来ないと知っているから、今日は友人たちを呼んで邸でお茶会をしているはずです」


 セヴランがジゼルにだけこっそりと教えてくれた。ジゼルはこの上なく幸せな気分になる。

 


 カミーユは今朝の出来事について、ずっと考えていた。正確には、あのローブの男のことを。


 だから、ジゼル以外のサロンのメンバーが彼女を物珍し気に見つめていることにも、全く気にならなかった。


「ジス」


 オーブリーがこっそりと小声でジゼルを呼ぶ。ジゼルが近づくと、彼は小声で続けた。


「きみの従姉妹の君、人間離れした美しさだね。女性慣れしているマルクさえも、話しかけづらくてもじもじしてるのが笑える」


「人間離れ」にドキッとするものの、カミーユを褒められるとジゼルはわがことのようにうれしいと思う。


 でも、当のカミーユは……なにやら、戻って来てからずっと思案にふけっているように見える。 



 

(脱獄囚を見に行った時に、彼女に一体何があったのかしら?)




 コンコンコン。




 図書室のドアがノックされる。一同はいっせいにドアに注目した。

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