はじめまして、いとこ殿?
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第5話
ジスカール王国には三大公爵家が存在する。
ジゼルの祖父のルエル公爵家、ノエルの父のエライユ公爵家、セヴランとアレットの父のワトー公爵家。
ルエル公爵家は建国時から派生し、三家の中でも最も古い由緒正しい家系である。
「?」
日没前の遅い午後の空は、どんよりと黒い雲に覆われていた。
王城に上がった昼前には、空は晴れ渡っていたのに。
馬車止めで騎士の手を借りて馬車を降りたとき、真っ黒な空を見上げてジゼルは首をかしげた。
(なんだか、
「お嬢様、お戻りになりましたか」
公爵邸の別館にあたる伯爵邸の入り口に、ジゼルの乳母が現れる。
父の乳母の娘で、三十代の後半、普段はおっとりとしているが今はなぜか焦っているように見える。
「あ、ローズ。何かあったの?」
「お城から戻られたら、すぐに晩餐に本館へいらっしゃるようにと、公爵夫人から申し付かっております」
「おばあさまが?」
「さあ、お着替えをお急ぎください。まだ戻らないのかと三度ほどお遣いが送られて来ましたので」
二冊の本はメイドたちに頼み、ジゼルは乳母に促されて自室へ戻った。
(一体、なにかしら?)
公爵邸に行くと小サロンに通された。そこは円形で日当たりがよく、公爵夫人が友人たちを招いてお茶会を開くお気に入りの部屋だ。
「やっときたわね!」
公爵夫人は満面の笑みでジゼルをそっと抱きしめた。華奢で小柄な祖母の優しい抱擁を受けて、ジゼルはにっこりと微笑んだ。そして
「ごきげんよう、おばあさま」
「第一王子のサロンでは楽しい時間を過ごせたかしら?」
孫娘をいとおし気に見つめ、祖母は微笑んだ。
「はい」
アレットがサビーナを苛んだことなどは、あえて言う必要はない。祖母に心配をかけてしまうだけだ。
「あなたの帰りを首を長くして待っていたのよ。あなたの従姉妹を紹介したくて……」
祖母は見たこともないくらいにはしゃいでいる。
ジゼルは首をかしげる。はて。
(従姉妹? お父さまにもお母さまにもご兄弟はいらっしゃらないはずだから、当然私にはいとこはいないはずなのに……)
大きな四人掛けのソファに並んで座ると、祖母はジゼルの両手を取ったまま静かに語りだす。
「あなたのお父さまには、実は妹がひとりいたのよ。あなたの叔母に当たるわね。とても美しくてね。現国王が王子であられたころには、有力な王子妃候補だったのよ」
初耳だ。ジゼルは驚きに目を丸くする。祖母は少し悲しそうに目を伏せる。
「彼女が十八になる少し前に、帝国北部の大貴族の若君が国賓としていらっしゃったの。王宮の舞踏会で彼らはお互いに一目ぼれして……彼女は、私たちの娘のシャノンは、彼と結婚するためにこの国を離れて行ってしまったわ」
「それでなぜ、おじいさまもおばあさまもお父さまも……今まで一度も叔母さまのことを話してくださらなかったのですか?」
「彼女が恋に落ちた相手は、二十年前の戦争であなたの大叔父さまとひいおじいさまの命を奪った敵方の大将軍のお孫さんだったから、おじいさまが大反対なさったのよ。結婚したいなら、キュヴィエの姓を捨てろとおっしゃって。
「そうでしたか。それでは、叔母さまには娘がいらっしゃるのですね」
そう尋ねると、途端に祖母の表情が明るくなった。薄い空色の瞳は少女のようにキラキラと輝き、喜びに満ちている。
「ええ! あなたと同じ年だそうよ。生まれつき体が弱くて、ほとんどお邸の中で育ったらしいのだけど。魔力が高いみたいで、むこうの家系と旧知の仲のこの国の魔塔主に、魔力の制御を習いたいのですって。だから三年ほど、ここで一緒に住むことになったの」
「わぁ。魔術師なのですか?」
「正確には、普通の公爵令嬢よ。体が弱いから、魔術師にはなれないみたいね。父方の家名はかつての仇敵なのでこの国では名乗らないことにして、キュヴィエの姓を名乗り、ルエル公爵令嬢ということにするわ。たったひとりの従姉妹として、あなたには仲よくしてほしいの」
ジゼルは祖母の手をそっと握り返して微笑んだ。
「はい。ぜひ、仲よくしたいと思います。いまはどちらにいらっしゃるのですか?」
祖母は右手でジゼルのこめかみの髪を梳きながら微笑み返した。
「三階の彼女の部屋で休んでいるわ。これから晩餐の席で紹介しましょうね」
「はい!」
ジゼルはこみ上げる嬉しさに頬を緩ませた。
いとこ!
従姉妹!
血のつながった、同い年の女の子!
社交の場でも、同い年の親しい友人はいない。
アレットの取り巻き連中はたいていが年上で、ジゼルにはあまり関心がない。第一王子のサロン参加者の中でたったふたりの令嬢に選ばれても、サビーナもジゼルには興味がないようだ。彼女が話しかける隙も与えてくれない。
同い年のいとこ!
ジゼルは勝手に妄想を膨らませた。
一緒にグラスハウスでお茶を飲んで、好きなスイーツや本の話をして、どんなにオーブリーが素敵なのか話して……おそろいの寝間着を着てひとつのベッドで朝までおしゃべりして……なんて、ずっと憧れていたことだった。
祖母は立ち上がるとジゼルの手を引いて鼻歌を歌いながら小サロンを出て、ドアのところで祖父と従姉妹に晩餐を知らせてくるようにとメイドに言づける。
晩餐室で祖母と他愛ないおしゃべりをしていると、やがてノックされてドアが開いた。
祖父がやって来て、ジゼルは彼と軽い抱擁を交わす。
そして次にまたノック、ドアが開く。
祖父の執事のあとに入ってきた少女を見て、ジゼルは思わず絶句してしまった。
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