瑞雲
第49話
「な、何の……血を引くと?」
玻瑠璃の声は震えている。
「沙竭羅龍王だ」
「は……?」
「むろん、お前は間違いなく人の子だ。お前の父も人に違いない。だが残念ながら、その者がどこから来た何者なのかはわからない。鹿島の宮に仕える
「……」
「男はすでにそばにはいなかった。なにかただならぬ事情があったのだろう。水鏡は憔悴しきっていて、播磨に帰りたいと嘆いていた。だからおれが帰京のついでに連れ帰って播磨まで送り届けたのだ。そしてお前が生まれるときに、式の知らせを受けて再び播磨へ下り……お前に
「しるし……?」
「手に握っていた小さな宝珠と、そのおれとおなじ灰色の瞳」
晴明の灰色の瞳が、玻瑠璃の灰色の瞳とぶつかった。玻瑠璃は眉をひそめて苦しげにつぶやく。
「神泉苑の黄龍も、おなじ灰色の……」
苦し気な玻瑠璃のつぶやきに、晴明は口元にふ、と笑みを浮かべた。
「おれはこの瞳のせいで幼い頃から化生だのキツネの子だの好き勝手言われてきた。まぁ、今でも陰口をたたかれているがな。陰陽の術を意のままに操れるのも、人外の血を引くゆえだと。世間の大きな期待を裏切るのは申し訳ないが、おれもれっきとした人の子には違いない、が」
「?」
「魂は、常人とおなじだとは言えぬだろうな」
「どういう……?」
「稀にあるのさ。人の親の元に生まれても、おなじでない者が生まれるのは。異界のものが人の腹に宿り、人の姿で生まれるのだ。お前が生まれたとき、いくつかの瑞兆があったと八雲殿から聞いたことがある。宝珠を握りしめて生まれ、水性が人より極端に強く、幼き頃より自然を友として不思議の力を操る。大した修行をせずとも
玻瑠璃はふと、羅城門で対峙した隆世が玻瑠璃を見て「龍の守護を持つか」と言っていたことを思い出した。しかし……
「何を……」
困惑する玻瑠璃に晴明は淡々と告げた。
「玻瑠璃よ。じつは私も、鹿島で生まれたのだ。万寿殿のことも生まれたときから知っている」
「えっ?」
玻瑠璃は大きく瞳を見開いた。
「おれの父は
晴明は穏やかな澄んだまなざしで玻瑠璃を見つめながら話した。
「おれも幼き頃より見鬼として人ではないものたちに囲まれて育った。それがごく普通のことであったし、不思議とも思わなかった。お前もおなじであろう。おれも龍脈を通る龍たちに見とれることが多々あった」
「あ……」
「お前が生まれたときに力を封じたのは、どの程度まで力が育つのかわからなかったからだ。いずれおれが確かめに行こうとは思っていたのだがな。しかし先日、お前が紀隆世という唱聞師と渡り合った時、おれの封印がだいぶ解けてしまったようだ。あれ以来、体中を強い気が駆け巡っているのだろう? お前は目覚め始めてしまったのだな」
「ええ?」
「考えてもみろ。神泉苑の黄龍を、たかが十四の小娘に呼び出すことができるのか? 意識を集中させずとも額が焼け付くほどに熱くなるだろう? もしも完全に目覚めてしまえば、お前が暴走した時におれでも抑えきれなくなるかもしれない」
「それは……どういう……?」
「まあ、平たく言えば、お前の神力は人のものを越えてしまうだろうと言うことだ」
「私が……人では、なくなると?」
「そうではない。人外の力を持つ人、ということか。分別がつくころになったら教えようとは思っていたが……だがもしもお前が播磨で穏やかに暮らすならば、明かさないでおくことも考えてはいた。今、おれの封印が解けてきた以上は、話さねばなるまいと思ってな」
「ああ、もしや……」
玻瑠璃は僧都殿でのことを思い出す。
赤い単衣に襲われて以来、たびたび夢の中で聞く、あの何者かの不思議な声。
「龍王の娘よ、お前が望めば、帝王の母ともなれよう……」
玻瑠璃のつぶやきに晴明は片眉を上げた。
「ほう? すでにそのような声を聴いたか」
「誰の声なのですか? 僧都殿で一度、息が止まって以来……度々夢の中で聞こえるのです」
「
「ば……盤午王、ですって? この三千世界の最初の王にして、五帝龍王らの父の?」
「そうだとも。お前はいわばその眷属が人として生まれた者だ。
「……!」
龍神の、眷属。
「では、晴明殿も……?」
「まあ、お前の血族ではないが、同族と言えるだろうな」
「こ、このことは、吉平や次郎は……」
「誰も知らない。おれの師さえも。知るのはこの世ではお前だけということだな」
「……晴明殿に下されたお告げの、
「そうさな。沙竭羅龍王の娘と言えば牛頭天王の妻にして八将神たちの母である
「頗梨采女……」
事の大きさに玻瑠璃は青ざめる。
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