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第6話
「ヴァラ」
デザートを終えるとそれぞれテーブルを離れてくつろぎ始める。
ヴァラは窓辺の椅子に座り、小さな円卓でハイデとイェルが「キツネとガチョウ」というボードゲームを始めたのをぼんやりと見ていた。そこにイギーとフランツがやってくる。
「十六歳おめでとう」
「おめでとうございます」
「ありがとう、イギー、フランツ」
ヴァラは二人を見上げて微笑む。
イギーは明るい短い茶髪の頭を掻きながら少し唇を尖らして言う。
「その、なんだ、お前は生まれた時からわけのわからない重圧で負担に思うところも大きいだろうけれど、俺たちは感謝しているよ。バルと俺とあいつらが成人してもこうして無事に生きていられるのも、お前のおかげだ。ありがとうな」
あいつら、というところで彼は丸テーブルでゲームに講じるハイデとイェルを顎で示した。唇を尖らせるのはこの兄の照れた時の小さなころからの癖だ。
ヴァラはそれをかわいいと思う。
「どういたしまして。みんなのことは守るわ。夢の中でもおおかた解呪の方法が見えてきたから」
「もうすぐ解けるということか?」
「そうね。まだはっきりとは言えないけれど」
本当はわかっている。一人前になればいいのだ。でもまだこのことは上の兄、王太子のバルにしか話していない。
「ヴァラ、なにかお力になれることがあればいつでも何でもお申し付けください」
フランツが微笑む。あるけど……ちょっと頼みづらい、とヴァラは内心思って微笑み返す。
「ありがとう、フランツ。それにしても、あなたも私のことは怖がらないよね」
フランツは肩をすくめる。
「うわさはうわさでしょう?」
聞き耳を立てていたハイデがヴァラから自分にフランツの気を引こうと「負けそうだから手伝って!」と彼を呼ぶ。軽くやきもちを焼いたらしい。
ハイデの気持ちを兄に対するような好意だとしか思わないフランツは、苦笑してヴァラに軽く会釈するとハイデのほうへ去ってゆく。
「わがままな小さい妹としてしか見られていないぞ、あれ」
イギーが肩をすくめる。
「ハイデにそんなこと言わないでね」
「言ってやったほうがあいつのためじゃないか?」
「いいから。外国へ嫁ぐまで、このままそっと見守ってあげて。イギー、もし余計なこと言ったら、一生モテない呪いをかけるからね!」
「それは困る」
「何を妹に叱られているんだ?」
バルが
そしてヴァラに渡した盃の一つを再び受け取ると、彼女の持つ盃にこつんとフチを合わせた。イギーはお尻をさすりながらイェルたちのほうへ行った。
「ヴァラ、解呪の件に関して、伝えておきたいことがあるんだ」
ヴァラは姿勢を正してわざと丁寧に言った。
「何でしょうか、王太子殿下」
バルはくすっと笑う。
「先ほど、父上がおっしゃっていたよね。解呪の件は私に一任されているんだ。本当なら私が行動を共にして手伝ったり、必要なものを調達したりしてあげたい。最近、変な気配を感じると言っていたよね? 危険があるなら守ってあげたいし、誰のしわざなのか調べたいし。でも今の私の王太子としての立場では多忙すぎてとても不可能だ」
あぁ、とヴァラは小さく頷く。
ここ半年ほど前から誰かに悪意を向けられているように感じる、と先日話したことを思い出す。何気ない雑談の一つだったけれど、バルは覚えていたらしい。
だから時々、森の老魔女のところに行くときは、可能な限りはついてきてくれていた。
「そこで、だ」
バルはグリーンがかったヘイゼルの瞳で隣にいるヒューを見てから言った。
「私の代わりにヒューをつけようと思う」
えっ? とヒューとヴァラが同時に驚きの声を上げた。バルは公務で万人に向ける完璧な王太子スマイルを幼馴染と妹に向けた。
「幸いなことに、帰国したばかりで秋から外交官見習いとして出仕するまで暇だろう? お父上には私から、王太子の用事をお願いすると伝えておこう。ヒューは常に城内でも帯剣すること。父侯爵に許可をもらい、
「ちょっと待て。私は文官志望だ。護衛は無理だ」
「うん。イギーかフランクをつけてやりたいが、彼らの仕事は私の護衛だからね。私が公務をおろそかにしてつくわけにもいかないし。かといって、うわさの呪いの魔女姫のそばにいられる度胸のあるやつはいないしね。大丈夫だよヴァラ。ヒューは留学中にそこの国王主催の剣術大会で三位に入賞したことがあるからね。じゃあヒュー。そういうことで、明日からよろしくね」
ヴァラは深い青の瞳を大きくして兄とヒューを交互に見る。ヒューは驚きで固まったまま幼馴染を凝視する。
ヴァラは彼女なりにもしや、と思う。
もしや兄は、彼女が一人前になって解呪するための手伝いをしようとしているのでは?
「二人とも、これは王太子命令だからね。ヴァラに協力することでヒューの問題解決にもつながるかもしれないしね。ヒューには私への定期的な報告義務を課す」
問題解決? ヴァラは首を傾げる。
しかしヒューは合点がいって、はっと息をのむ。バルは王太子スマイルを保ったままで幼馴染にこくりと頷いた。ヒューは驚きを浮かべた表情のままこくこくと細かく頷いた。
「一石二鳥ってやつさ。わかったかな?」
バルはふふふと笑った。
春の夜風が柔らかく庭園を吹き抜ける。
イェルにハイデを送り届けるよう「王太子命令」を出し、バルは自分たちがヴァラを散歩のついでに北の塔まで送り届けると言った。ぷりぷりと怒ったハイデを引っぱってイェルが去る。
ヴァラは苦笑する。送り届けるというのはただの名目で、本当はこのままお忍びで城を抜け出してみんなで遊びに行くのだろうと予測する。バルは城を抜け出すため、あちこちに自分とイギーとフランツのお忍びの変装用の着替えを隠し置いている。ヴァラの住む北の塔のそばに立つ道具小屋にも常備してある。
バルとイギー、フランツはなにやら楽し気に笑い話し、じゃれあいながらニ十歩ほど先を歩いている。
「さっきバルが言っていた、一石二鳥とは……」
ヴァラは隣を歩くヒューを見上げる。ぼんやりと考え事をしていたらしいヒューは、はっとヴァラを見返す。彼女はくすりと笑う。
「マイヤー卿は……」
ヒューはとっさに右手をかざしてヴァラの言葉を遮る。
「姫君、平にお願い申し上げます。ただのヒューとお呼びください」
「では、私のことも
に、と笑み合う。話を続けてもよいかと、ヴァラが片眉を上げる。ヒューは首を傾げて促す。
「ヒューは、私のことが怖くはないの?」
「これといって……」
「うわさは知ってるよね?」
「うわさはうわさだから」
ヒューは先ほどのフランツと同じことを言った。
それでも、以前からから顔見知りのフランツと今日初めて会ったヒューが言うのではどこか何か違う。
「自分で見聞きしないと、なんでも信用できなくて。それに通り名なら、私も負けてはいない。知ってる?」
「呪いの若君」
昼間、イェルから聞かされた。ヒューはあははと夜空を仰いで笑った。
「そう、それ」
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