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第7話
「どうしてこんなところに来ちゃったの?」
怜悧そうな大きな目をくるりと回して、男の子がため息をついた。まだ幼いのに、やけに大人っぽい。
「土砂崩れに流されて、ここがどこかもわからなくて……」
財前はもごもごと口ごもった。まったくどっちが大人なのかわからない。
「しかたないなぁ。とりあえず、なんとかして
「え? 川のことかな? ならもう一度向こう岸へ渡ればいいだけじゃないの?」
「あーあ。簡単に言ってくれるよね。これだから何もジカクがない人は困るんだよ」
男の子は肩をすくめて右の眉をくいっと上げた。うん? このしぐさって……誰かに似てないか?
「あのさ。渡っちゃったものはしょうがないからさ、とりあえず中に入りなよ」
男の子は家を指さした。
「あ、ああ、ありがとう」
(川を渡ったら、なにがそんなにいけないんだろう?)
財前は首をかしげたが、疲れていたのでとりあえず男の子の言葉に従うことにした。
彼の後ろには、赤い着物の幼女がじっとこちらを見ている。大きな瞳は財前を品定めしているようだ。
ひらり。
見上げると、桜の花がちらちらと舞い降りてくる。
「うわぁ。きれいだな……」
「樹齢1300年だよ」
「ええ? 木って、そんなに生きられるものなのかな?」
「
そんなものなのか。
あれ?
そう言えば、今は7月だったよな?
しかも、さっきの豪雨のあとにこの辺りは少しも濡れていない。桜の大樹はほぼ満開の枝を優雅に広げている。
なんだ?
おかしくないか?
「おかしくないよ。
男の子はしたり顔でふんと鼻で笑った。
(えっ? 今、考えを読まれた?!)
財前ははっと口元を抑えた。
男の子は妹らしき幼女の手を引いて、財前についてくるように右手を四本の指を内側に曲げて合図した。
いち、に、さん。
子どもの歩幅で三歩ほど歩くと、彼らはすでに家の入り口前にいた。財前を振り返り、呆れ顔で彼を促す。
「は・や・く!」
男の子の口調を女の子もまねる。
「は・や・く!」
「はいはい」
財前は速足で大股に歩きだす。そしておもむろに気づく。
左足!
まったく……痛くない。見下ろしてジーンズの裾をまくり上げて見ると……腫れが引いて足が治っている!
(一体、どういうことだ?!)
訳が分からない。
「あの……大人はいないのかな?」
家の中に通されて床の間のような部屋に入ると、財前は男の子に訊いた。
畳の上に胡坐をかきながら男の子は肩をすくめて言った。
「いないよ? ちなみにこの家には電話も無線もないから」
「じゃあ、キミたちだけで暮らしてるって言うのかな?」
「そんなことはどうでもいいから!」
男の子の隣にちょこんと正座した赤い着物の女の子が畳をぺしんと叩いて言った。
「せけんばなしをするひまがあったら、早くもどらないと! ひぃちゃんにおこられちゃうよ!」
「えっ? どこに? ひぃちゃんて、誰のこと?」
「あっちがわ! ひぃちゃんはみーちゃんのだいじなおともだち!」
「あっちがわ? みーちゃんて、きみのこと?」
財前は首をかしげる。
「そうだよ」
「ひぃちゃんて?」
「さっき、じゃいじぇんしゃんがこっちに渡ってきちゃったから、ひぃちゃんはちょっと弱くなってでてこれなくなっちゃったの」
「え? 僕の名前、知ってるの? てかさ、因果関係がさっぱり理解できていないんだけど……」
女の子はさらに畳を小さなてのひらでぺしぺしと叩きまくる。
「だから! こっちにきちゃだめなの! はやくむこうにかえってよ!」
その隣で男の子は手を自分のあごに添えて考え込む。
「うん、そうだね。あっちに返さないとね。
彼はひょいと立ち上がる。
「あの。せめて、なにか飲ませてくれないかな。水でもいいんだけど」
財前は苦笑する。
すると男の子は不思議そうに首をかしげた。
「のどなんて乾いてないでしょ? 何か飲む必要なんてないのに」
「え?」
そういえば。
「だめだめ。
女の子も立ち上がり、ぶんぶんと首を横に振った。
「もういいから。ねえ、早くこっち、ついて来て」
男の子が財前に手招きする。
彼は女の子の手を引いて再び外に出る。財前も後を追う。
二人の子供は財前を家の裏側にある石造りの蔵に導いた。男の子が蔵の鍵を開ける。
「ついてきて」
彼は財前に言う。
訳が分からない。
この子供たちはキツネかタヌキのたぐいだろうか?
女の子は財前を川の向こうに戻したがったが、なぜそれで蔵の中に誘う?
だが不思議と、不安な気はしない。財前は幼い二人のあとについて薄暗いひんやりとした蔵の中に入って行った。
「こっちこっち」
どこから持ってきたのだろうか? 丸い白無地の提灯に明かりをともしたのを持った女の子が手招きをする。
蔵の中は何もない! がらんとした広い暗闇があるだけだ。
「ここ、ここ」
女の子が手招きする。一番奥の壁際に、男の子がすでに立っている。彼はなにか、大きな箱のようなものの片開きの蓋を上に押し上げた。
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