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第2話

「そうですね。吉川君はどこかの彼女とデートだそうなので、片瀬と飲みに行くと思います」


「カズマはいまだにしょうもないわね。財前さんももうこの際、片瀬さんでいいんじゃないの? 彼女かわいいし、お似合いだと思うけどな」


「とんでもないです。片瀬は片瀬であって、そういう対象には見えませんから。むこうも鼻で笑うだけですよ」


財前は全力で否定して首を横に振り続けた。紗栄も今度は苦笑する。


「そんなことじゃあ、どこにも出会いなんてないでしょ? もう2年くらい、ずっと結婚したいって言い続けてるよね?」




吉川君とは2年前に料理教室で会った3歳年下の吉川和真のことで、彼は紗栄の幼い頃の知り合いでもあった。ホテル勤務で、あちこちに「カノジョ」がいる気の多い男だ。副社長の恋路のために、彼が紗栄にちょっかいを出すのを邪魔しているうちになんとなく親しくなり、今でも時々一緒に飲みに行くことがあった。


片瀬は同じ総務部の後輩で、やはり中途採用組の片瀬美里のことだ。彼女の友人が財前の元カノだった。片瀬とは何の気兼ねもなく本音が言い合えるただの飲み友達だ。



「私たちの結婚式でも愛莉ちゃんたちの結婚式でも、出会いがなかったわけでしょう?」


愛莉ちゃんとは、料理教室で紗栄夫人のアシスタントを務めていた松原愛莉嬢のことだ。同じ料理教室に通っていた生徒の一人で15歳も年上の田所さんという製薬会社の菌の研究者と結婚したのだ。


財前は副社長と紗栄の結婚式はもちろんのこと、愛莉と田所の式にも出席した。それぞれ1年前と3か月前のことだ。


「うう。否定はしませんが」


「まったく……どうしてなのかしらね。かわいくて仕事もできてまじめで性格もいいのに、どうして彼女ができないのかしら?」


紗栄が首をかしげる。


「どうして」を二回も使われて財前は苦笑した。





「財前は理想が高すぎるんだよ」


いつの間にかオンライン会議を終えた瑛士が席を立ち、紗栄の隣に座る。


「あら、終わったの?」


「うん、やっとな」


瑛士は自分で手を伸ばし、ポッドから紅茶を注いだカップを啜った。


「僕は理想なんて高くはないですよ」


財前はやんわりと抗議する。


「いーや。高いね」


「どんな理想なの?」


「他愛ないと思いますけどね。喜怒哀楽のツボが同じで、何も話さなくても以心伝心通じる相手が理想です」


「あー。なるほどね。それって……初めからそうな人は滅多にいないと思うけど、一緒にいたら自然とそうなるってことなら、いなくもないかもね……」



 

19時45分。


退勤して副社長夫妻に挨拶を済ますと、財前は飲み友の片瀬にメッセージを送る。


『今から行くよ』


5秒で既読になり、すぐに返信が来る。


『お疲れ! コギ屋にいるよ』


サペレ系列の韓国料理の居酒屋だ。


『5分で着く』と返信して歩き出す。そこはサペレ本社のすぐ近所で、駅のそばの高層商業施設ビルの中のテナントのひとつだ。




豚の三枚肉サムギョプサルで焼酎かビールだな)


考えただけで急激に空腹を感じてくる。財前の歩幅は速く大きくなった。




「あ、先輩、ここ、ここ」


店に入り従業員とあいさつを交わすと、奥の個室から顔を出した片瀬美里が高く上げた右手をぶんぶんと振っているのが見える。


店はそろそろ混雑し始めてきているが、まだピークではない。店全体の6割ほどが埋まっている。


「お疲れ、片瀬」


「お疲れ、財前さん。副社長のオンライン会議待ちだったんでしょ?」


「うん。あ、とりあえず生中、一つお願いします!」


片瀬の向かいに座りながら従業員に注文を通す。


「私、会社出るときに奥さんとすれ違ったよ」


「今からデートらしいよ。飽きもせず相変わらず仲いいよね」


「ほんと。最初は副社長は奥さんに嫌われてて絶望的だったけど。結婚出来てよかったわ」




ははは、と二人は笑った。財前のビールが来たので、片瀬と乾杯する。


「そういえばさ先輩、麻希まきの奴、離婚するらしいよ」


財前は小首をかしげてさして興味なさげに「へー」と呟く。


「そうすると……3年弱しかもたなかったな」


「あー、ムカつく。ご祝儀返してほしいわ。原因、聞きたい?」


「別に、どうでもいいよ」


「そうはいっても教えちゃうけど。浮気ですってよ。両方の」


「そうか。片瀬、肉頼もうよ、肉。カルビたらふく食いたいなぁ」


「はいはい、少しも興味なしか。すみませーん。特上カルビ4人前。タン塩とサムギョプサル2人前ずつと」




片瀬は会社では才色兼備のできる女として、周りから一目置かれている。


サペレに来る前は大手の不動産会社で働いていた。今はサペレの総務部で、買収事業担当をしている。財前より5歳年下だが、飲み友になって3年ほど、酒の席ではため口の仲だ。




「でもさ、本当にもうどうでもいいの? 引きずってるから新しい彼女作らないわけじゃなくて?」


「ちょっと片瀬、変なこと言わないでくれるかな。僕がいつ、引きずってるそぶりを見せたわけ? 未練のみの字もないよ」


次々と運ばれてきた肉をテーブル中央の網にトングで載せていきながら、財前は眉をしかめる。


「大体、浮気で離婚ってなんだよ。浮気はあいつの特技かって」


財前の言葉に片瀬が天井を向いてあははと豪快に笑う。


この女のこういうところを、気取ったところしか見たことのない会社の連中に見せてやりたいと財前は思う。


「いやウケる。特技って! よかったね、財前さん。あんな女につかまらなくって」


「うん、別れて正解。サレ夫にならずに済んだね」


肉を網の上で裏返しながら、財前は苦笑した。

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