告白

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第79話

面会時間なんてとっくに終わっていたけれど、VIP患者の扱いは別らしい。


病院に着いて牧田さんに電話をかけると、もう人がいなくなった暗い待合席まで迎えに来てくれた。


「ちょうど、先生が紗栄さんにお会いしたいとおっしゃっていたところでした」



こちらです、と無機質な長い通路を右に、左に、エレベーターで上がりまたまっすぐと進んでゆく。


やがてどこかの病棟の突き当りの大きなスライドドアの前で止まる。


「先生、紗栄さんがいらっしゃいました」


軽い音がしてドアが開く。牧田さんに促されて中に入ると、背後でドアが閉められた


あきらかにほかの病室とは別格の広い室内には、ベッドが一床だけ置かれている。


私はゆっくりと慎重にベッドに近づいた。


「高柿先生……」



先生はベッドに横たわっていた。点滴にも機械にもつながれてはいないけれど、具合が悪そうに青ざめている。


私が呼びかかたので、うっすらと目を開けた。



「ああ、紗栄さん。来てくれたのね。ちょっとめまいがして、執務室で倒れちゃったら牧田が大げさでね」


先生は微笑んだ。


「どこもけがはないですか?」


「ええ。ちょうどソファに倒れこんだのよ。私って、運のいい女よね」


ふふ、とこんな時も冗談交じりだ。


「あなたに、話しておきたいことがあったの。あのあと、藤倉会長と会ったわ。さりげなく探りを入れたら、あの人は息子があなたを選んでもべつに構わないと言ったの。彼自身が、大きな後悔をしたことがあるからかしらね。どうやら夫人のほうが、意固地になっているようね」


「先生、そんな話はお元気になられてからでいいですから」


私は困惑する。救急搬送された老人が、そんな心配を優先する必要はない。


「だめよ。私には時間が残り少ないもの。後悔はしたくないわ」


「……それじゃあ、落ち着いて、ゆっくり話してください」


私はベッドのわきに椅子を引っ張ってきて座った。



「さて……話したいことがあるんだけど……牧田はちゃんと呼んでくれたのかしら? あの子、遅いわね……」


「はい? 誰のことですか?」


ドアがノックされる。先生が待ちかねていたようにぱっと明るい表情になり、どうぞと答える。


がらっと乱暴にドアが開いて、息を切らした瑛士が入ってくる。


私は驚いたけど、瑛士も驚いている。


「瑛士?」


「紗栄?」


「やれやれ、やっと来たわね。あやうくもう逝きかけてたわ」


先生はにやりと笑って薄い肩をひょいとすくめた。




先生は瑛士を私の隣に座らせた。


私は自分から会いに来ないでと言っただけに少し気まずかったけれど、瑛士も私の顔色を窺ってどこか居心地が悪そうだった。



気まずい。



何故先生は、私たちを一緒に呼んだのか。


「さっきも言ったけどね。昼間、藤倉会長に会って話をしたのよ」


先生は瑛士に説明するように言った。


「えっ? 父に、ですか?」


「ええ。私はね、あなたにこのお嬢さんを諦めてほしくないのよ。でも彼は反対してないみたいで、肩透かしを食らったわ」


「ああ、そうですね。俺も確かめてみたんですけど、こだわってるのは、会長夫人だけのようです」


瑛士の言葉に私は少し驚いた。


「それであなたたちを一緒に呼んだのは、死ぬ前に話しておきたいことがあったからなの」



高柿先生は横になったまま、目を閉じて話し始めた。

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