6
第73話
千尋……
ばかだとは思っていたけど、まさか、あそこまでだとは思わなかった。
一体、どういう詐欺に引っかかったのよ。
何に投資したって言うの?
ひいおじいちゃんからお父さんまでが、代々引き継いだお店を打ったお金も、私が学生時代からバイトして貯めたお金も、全部って……
本当に、どれだけばかなの?
どうして、得体のしれない甘い話になんか乗るの?
どうせ、「あなただけに教える秘密の情報がある」とか言われて、ころりとだまされたんでしょう?
うまい話にはウラがあるって、賢い小学生でも知ってることなのに……
うっすらと、意識が戻る。
オレンジ色の暖かな明かりが見える。何かが、私の額を包み込む。あたたかな……手?
「紗栄。目が覚めた?」
心地よく耳に届く、優しく低い声。
あ……?
私を覗き込む、心配そうな顔。
「え……い、じ?」
ほっ、安堵のため息をついて優し気な笑顔に変わる。
「大丈夫? あまりのショックに、気を失ったんだよ」
「ああ……あれは現実だったのね……悪夢だったらよかったのに」
私は絶望のため息をついた。
「うん、残念ながらね」
「あいつは……?」
「とりあえず、詳しいことは明日話し合うことにして、今日は財前がとってくれた会社のそばのホテルに泊まってもらった」
「そう……迷惑かけて、ごめんなさい」
「いや、紗栄のせいじゃない」
私は瑛士の家でソファに横たわり、瑛士の膝枕で眠っていた、というか気を失っていたらしい。
「知らなかった。人間、怒りで気を失うこともあるのね」
「怒りというよりも、強烈なショックだろうな」
瑛士は私の髪を優しくなで続けている。なんて心地いいの。
「明日話を聞くときに、一緒に行くか?」
私は首を横に振る。
「行かない。もう、知らない。会いたくない……」
「そうか。気持ちが落ち着くまでは、別にそれでいいよ。代わりに、話を聞いてくるから」
「いいよ、もう。あんなやつ放っておこうよ。どうせ誰かがしりぬぐいしてくれるって、ずっとそういう甘い考えしか持ってないから」
「そうだとしても、話ぐらいは聞いてやらないとな」
その言葉通り、瑛士は土曜なのに千尋に会うために出かけて行った。
一日中、あのおばかに振り回されていたのか、それとも別件で仕事をしていたのか、夕方戻ってきて一緒にうちで夕飯を食べた。私が訊くまで千尋のことは話さないつもりらしい。
千尋はお母さんに連絡はしていないみたい。たぶん私にも、ばれなければ詐欺にあってお金をすべて失ったなんて言ってこなかっただろう。心配かけたくないから、お母さんには千尋に会ったことは黙っていることにする。
「……たまごはときたまごに水と油を少々足すと、フライパンからつるりとはがれてくれます。私はよく、マヨネーズと牛乳を少し入れますけど。もし生クリームを加えれば、より濃厚な味になりますよ」
金曜日の授業だけはちゃんとやろうと思う。
「フライパンの上でたまごにケチャップライスがくるめなくても気にしないでください。お皿に置いたご飯の上にのせればいいんです」
ケチャップライスの作り方からたまごの焼き方まで説明を終えて、3週目にはいよいよ実習。
みんなそれぞれ何とかオムライスに見えるオムライスが作れて満足したみたいだった。財前さんのクリームシチューとエイジのハンバーグを終えたら、今までの復讐・確認と応用編に入る予定だ。なるべき、千尋のことは考えないようにして……目標達成のために頑張ることに専念した。
橋本さんが奥さんにオムライスを褒めてもらったと嬉しそうに報告に来た。それは私もすごく嬉しかったけど……
教室ではクリームシチューのための講義を終えたころ、瑛士が暗い顔でうちにきて言った。
「紗栄、お願いがあるんだけど」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます