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第67話

私は肩でため息をつく。


「なによ、カズマごときにムカついてたの? それを嫉妬っていうの、知ってた?」


瑛士は愕然とする。


「知らなかった……」


「イタリアにいたのよ? 14,5歳の子供ですら社交辞令で口説いてくる国にいたのに、あんなのになびくわけないでしょ?」


私はふう、とまた息をついて、瑛士のこめかみのあたりをそっと撫でた。


「引き渡しの日、うちの庭であなたを見たとき頭に血が上ったの。悪いのはうちの兄なのに、逆恨みだったわ。レシピはすべて私の頭の中だからって……大人げなかったよね」


――それをずっと、気にしてたの?


「あれは俺が悪いって、高柿先生にも、片瀬にも財前にも責められたんだ。契約の内容うんぬんじゃなくて、父親を亡くしてその形見の店まで失くした紗栄に対しての、思いやりが足りない冷酷な対応だったって」


「もう、いいよ。料理教室でもはじめの頃は話しかけられるとムカついてたけど……」


「は?」


瑛士が傷ついたような驚いた表情をするので、私はくすっと笑ってしまった。


料理教室で質問する時にやけにおどおどとしていた表情を思い出すと、おかしくて仕方がないけど……


私に嫌われてると思っていたのかと思うと、ちょっとかわいそうになってきた。


「だから。もう、嫌ってないってば」


「嫌ってないなら、好きってことか?」


「うーん……よく考えておく」


「……」


がっくりとうなだれて、瑛士は私を解放した。


私は手を伸ばしてジャンプしながら瑛士の髪をくしゃくしゃにした。



土曜日一日寝込んでいた分、蓼科の仕事がまだ少しやり残して言うとのことで、明日の朝の会議までにもう少しだけ調べておくべきことがある、らしい。


結局、今日もほとんど、無駄にしてない?


のんびりできたからいい骨休みになったとは言ってるけどね。



四人分くらい作ったグラタンはあと一人前と少し分余っていたので、耐熱皿にラップをかけて持たせてあげる。


「鍋も皿もそのうち返してね。でないと、そのうちここから調理器具がなくなって料理できなくなるから」


玄関で私が笑うと、瑛士は少し目を見開いてから柔らかく笑んだ。


「それって、またこれからも俺に料理を作って持たせるってことだよな?」


「えっ? そこまで考えてなかった……」



かかとをつぶしたスニーカーをすでに突っかけた瑛士は、グラタンを靴箱の上にそっと置いた。


そして右手で上がりかまちに立っていた私の手首をつかみ、左手で私のウエストを引き寄せて、私にそっとキスをした。


突然のことで驚いたけど、嫌ではない。



くちびるが離れて呆気に取られていると、すぐに今度は確信をもって、また唇が重なった。


何十秒だったか、1、2分経っていたのかよくわからないけれど、私たちは何度もキスを交わしていた、と思う。


気が付くと私は裸足のままたたきに降りていて、ひんやりとしたタイルが冷たかったのか、瑛士の足の甲の上に載っていた。


壁に背中を預けた瑛士が、私を抱きとめていた。私は完全に、彼に体重を預けている。ちょうど私の耳の高さに、瑛士の鼓動が聴こえる。



彼は乱れた私の前髪を、私の耳にかけて微笑んだ。


「バイトしないかなんて、本当は、そんなことが言いたかったんじゃないんだ。本当は、本当に俺を好きになってほしかった」




くしゅ、っとかすかな音を立てて、強くつかまれた心臓が握りつぶされたような気がした。




私は瑛士の足の甲の上でつま先立ちをして彼の首に必死にしがみつきながら、自分からキスをした。


だんだんとキスが深くなればなるほど、思考力は低下していく。くちびるが離れると、すでに寂しい気がする。


うっとりと余韻に浸っているとふわりと抱き上げられて、再び廊下の上に上げられた。


彼は最後に私の左目の下あたりに口づけて、靴箱の上に置いたグラタンの皿を持って出て行った。


私は目の下、瑛士の唇が触れていたところにそっと触れる。



ちょうど泣きボクロがふたつ、並んでいるあたり。


ずるずると壁に寄りかかり、廊下の端でへたり込む。



なんか、


なんか……


ふわふわと、雲の上にいるような気分。

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