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第66話

ジャガイモは粘り気のあるメークインを。


5㎜くらいの厚さにスライスしたらバターを溶かしたフライパンで、弱火でじっくりとソテーする。塩・コショウを振ったら火を止める。


ニンニクとバターを擦り付けた耐熱皿にジャガイモを並べる。チェダーチーズとモッツァレラチーズをのせ、またポテト、その上にチーズ、と3回繰り返す。


弱火で人肌に熱した牛乳と生クリームに、チキンストックと八丁味噌を加える。泡立てないように味噌をとかしたら、火を止めてジャガイモの上に回しかける。最後にチーズをのせて、オーブンへ。200度で焦げ目がつくまで焼く。


……割合は秘密だけど、これはとよしま亭のポテトグラタン。




今朝、お母さんから電話が来た。お互いの近況を話した後、興味本位で訊いてみた。


「ねえ、昔、千尋と同い年の男の子を連れた若いお母さんが、年に2回くらいお店に来てたの、覚えてる?」


すると母にはすぐにわかったようだった。


「あーぁ。美桜みおさんのこと? 息子さんは確か、瑛士君、だったかしら」


「パティシエだったひとよ」


「ええ。うちのチョコレートパンナコッタ開発に協力してくださったの。凛とした美人さんだったわ。息子さんもよく似ていたわね。でも、なんであなたがあの母子のことを知ってるの?」


どうやら母は、千尋の契約相手がその瑛士君だったことは知らないようだ。


「うん、そのうち教えるよ。でさ、いつも年に2回だけ来ていたんでしょう?」


「ええ。美桜さんはうちのポテトグラタンの大ファンでね。瑛士君はハンバーグが大好きだったわ。二人で少しずつシェアしてた。ほほえましかったわ」


「ちなみに、その年2回はそれぞれの誕生日だったと思うんだけど」


「そうよ。美桜さんが3月の終わり、瑛士君が7月だったかしら」




「ちょうど、今ぐらいだったんでしょう? お母さんの誕生日」


静かに、言ってみた。


はっ、と息をのんで瑛士が顔をあげる。


「なんで、知ってるんだ?」


「今朝、うちのお母さんに聞いたんだよ。あなたがあの子供だったことには、気づいていないみたいだったけどね」


「そうか。そう言われれば……三日後だな、誕生日。20年……忘れてた。でもこの味は、覚えてる。懐かしいな」


「久々に食べてみて、どう?」


「おいしいよ。おいしくて、懐かしい」


「好きなだけどうぞ。余ったら、持って行っていいから」




瑛士は、皿洗いを手伝ってくれた。さっと洗って、食洗器へかける。


食洗器のスイッチを押すと瑛士が流し台の前で言う。


「あの、ちょっと、いいかな」


「なに?」


瑛士は私の手首をつかみ、そっと私を自分に引き寄せて抱きしめた。


「グラタン、本当にありがとう」


私はふと笑んで、瑛士の背を子供を慰めるみたいにぽんぽんと叩いた。


「どういたしまして」


「絶対に嫌われてると思ってたから……あのグラタンを作ってくれるなんて、夢にも思わなかった」


「そうね、初めは、印象最悪だった。でも今は………その、別に嫌いじゃないよ」


「えっ? ほんとに?」


瑛士は驚いた表情で私を見つめる。私は……つい、目が泳いでしまう。両手で頬をがっつり固定されて、観念して切実な視線と目を合わせる。


「……嫌いなら、一緒に食事に行ったり看病したり、カノジョのふりしてあげたりすると思う?」



ごちん! と頭突きされて私は小さく叫ぶ。


っっっ!」


閉じた目元の、長いまつ毛がすぐ目の前にある。


「涙でいっぱいの目で俺を睨み据えて、レシピのことを『ここにあるから』って自分の頭を差して言ったのが、忘れられなくて。高柿先生にハメられて料理教室で再会しても冷たかったし、嫌われてるのは気づいていたけど、気になって目が離せなくて仕方がなくて。幼馴染だか弟分だかとは仲良くするくせに、俺には冷たい態度のままだったから……」


至近距離の眉間に縦ジワが寄る。


「あの、ちょっと? 何言ってるわけ? それって……私のことが、好きってこと?」


顔は両手でがっつりと固定されているので動かせない。


だから両手で瑛士の肩をビシバシ叩いてもがく。


若干、顔が持ち上げられていて上に引っ張られている。


足がつま先立ちになってきて、相当苦しい体勢になってきた。


「えっ?!」


瑛士はあまりの驚きに間を見開いた。

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