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第60話

初めて、見たな……


お隣さんの車庫ガラージュの中。



「ちょっと郊外のほうの店に行く」


って。



ピッカピカのメタリックシルバーのディスカバリースポーツが入っていた。


……これで郊外に行ったら、すごく目立つのでは?


うちの(おばか兄の)コンパクトカーで、行きませんか?



ドアを開けてもらったら、乗るしかない。



「ちょっと意外」


「なにが?」


「セダンとか乗るのかと思ったから。イメージ的に」


「社用車はそうだけど。自分のくらいは好きな車に乗りたい」


「まだ新車っぽいね」



……そうだったよね。私のような庶民とは違って、ハイスペな御曹司だったのを思い出したわ。


「忙しすぎて、あんまり乗れないから。買ったはいいけど使う暇がないものだらけだ」


「車のほかは何があるの?」


「ゴルフ場の会員権とかリゾートホテルの会員権とか。スポーツクラブとか船なんかは絶対に時間が取れないから買わないけど」


「人脈作りも骨が折れそうね。聞いてるとなんかうらやましくない」


瑛士は笑う。


「うらやましくないなんて言う奴、初めてだ」


「私にはかかわりのない世界だもの。お気に入りの厨房で好きな料理を作れるならそれで満足」


「本当に料理ばかだな」


「それよりも熱は下がったんでしょう? 昨日看病してあげたんだから、そういうの話してくれてもいいんじゃない?」


「えっ? ああ、もう治ったと思う。ほんとうに世話になったよ。あの桃、うまかったし、今朝のかゆもかゆなのにすごくうまかった」


「風邪じゃなくて、疲れが出ただけだったのかもね。財前さんには連絡した?」


「したよ。今日もゆっくり休めってさ」


「なのに出かけてるし」


私はくすっと笑った。



一時間弱ほど走ると、森の中の駐車場に着いた。すこし歩くと、大きな石造りの倉庫のような建物が見えた。


まるでヨーロッパの建物を切り取ってそこに置いたみたいな、かわいい建物。


入り口に続く小道の口に、木製の看板が立てられている。


『El cielo』


空、という名前のレストラン。






倉庫風の石造りのお店の内部は、本当にヨーロッパの田舎の雰囲気。


駐車場もすでにほとんどが埋まっていたけれど、店内もランチタイムのピーク時間に入ってかなりのお客がいた。


そこはスペインのバルででてくる小皿料理タパスやメイン、デザートを出しているらしい。


ドアで案内係の若い男性店員が、瑛士を見るなり少々お待ちくださいと頭を下げて奥から30代前半の男性店員を連れてきた。店長らしい。今回は連絡なく来たようで、店長は驚いている。本当の抜き打ちだ。


「人気のタパスを一人前の四分の一の量で10皿、メインを3皿、デザートを3皿頼む」


高めの天井には、店内の喧騒が反響しているが、うるさくは感じない。店内の奥、窓際のコの字テーブルの仕切られた席へ通される。そこからはちょっとした庭が見えて、小さな白い石の噴水を中心にして、石煉瓦が埋め込まれている。



「ここはちょっと悩みどころなんだ。オープン以来、輸入した本場の生ハムハモンセラーノやチーズを使っているんだけど、コストが高くなりすぎる。国産の生ハムに切り替えればコストダウンになって、一皿の料金が安くなるし、安くなれば雰囲気を楽しみたい客層も増えるかもしれない。でもオープン以来の本格志向の客は、それを許さないだろう」


生ハムやチーズマンチェゴ、ソーセージ、アンチョビ、魚介類を使ったピンチョスが運ばれてくる。ポテトオムレツトルティージャ生ハム入りクリームコロッケクローケタス・デ・ハモン、エビのアヒージョに魚介のトマトスープサルスエラ。魚介のパエリヤ、次々と出てくる。


「ふうん。それじゃぁ、国内の牧場と提携して、スペインと同じ製法でハモンセラーノを作るのはどうかな。輸入よりコスト削減できるし、自社牧場があれば間接的なコストも必要ないでしょ?」



「……」


ん?


「やっぱり、単純すぎた?」


黙っている瑛士に、私は苦笑した。


すると瑛士は首を横に振った。

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