熱伝導とコアントロー

第55話

なんだか、初めての組み合わせだ。


普段から控えめな感じの財前さん。実は瑛士の秘書で、仕方なく一緒に料理教室に通っている(=通わされている)。



「あ、いいえ、最初は副社長命令で何で料理教室……って気持ちが沈んでいたんですが、今では楽しいですよ。すごくためになってます!」


財前さんはノンアルコールの梅酒(それって、ふつうの梅ソーダだよね?)を飲みながらさわやかに微笑んだ。


私はにやりと笑う。


「それはよかったです。あれ、作りたい料理っていうか、作ってあげたい料理。クリームシチュー、カノジョに、ですか?」


彼は苦笑する。


「ああ、ははは。カノジョはいません。あまりにも仕事が忙しすぎて、フラれたんです。作ってあげたいのは……実家にいるおばあちゃんです」


「すてきです。じっくり煮込めばおばあちゃんでも食べられますものね」


「はい。忙しすぎて、実家に帰る暇もないですけど」


「こき使われてるんですか?」


「そんなことはないですよ! 副社長と働けることは、とても光栄なことです。弊社は副社長のお兄様が社長ですが、創業10年にも満たない新しい企業なのに、サペレを優良企業にして有名にしたのは副社長ですから」


「ふぅん。褒めておけって言われたんですか?」


「えっ? いや、そんなことはないです! 僕はあの人に惚れこんで、サペレに入ったんです!」


「冗談です。私の実家の店のことは、ご存じですよね?」


「はい。僕は別件で動いていたので、詳細は知りませんが。先生、相当怒ってらっしゃいましたよね」


「兄がしでかしたことですけどね」


「副社長のことも、怒ってましたよね。俺は嫌われたって、ぶつぶつ呟いてましたから」


「呟いてた? ふっ。確かに、わざとちょっと意地悪な態度取りましたしね。ムカついたし」


財前さんは苦笑した。



「出会いはちょっと、アレですけど。でも副社長は先生にベタ惚れみたいですね」


あーあ、そっか。そういうことにしてあるのね。


敵を欺くにはまず味方からってやつ? ならば、話を合わせてあげなきゃね。


「家が隣って、知ってますか?」


「はい。きっと、高柿先生のいたずらですね」


「やっぱり、そう思います?」


「どう考えても、そう思います」


「ですよね……」



カウンター席に座った私と財前さんの前には、シーフードサラダ、冷ややっこ、塩つくね、生春巻きが並んでいる。財前さんにだけ、牛カルビと塩おにぎりも。


「今日は昼から肉の仕込みをしていたので、何も食べていなかったんです。さっき皆さんのポークソテーをちょっとずつ味見した程度で」


「その割には軽いものばかりですね」


「夜遅メシは自己管理しないといけないお年頃なので。あ、たしか、同い年でしたよね?」


「えっ、そうなんですか? そうは見えませんでした。先生は吉川君と同じくらいかと思っていました」


「あれはもっと若く見えるでしょう? 何も考えていない能天気な奴だから」


「幼馴染なんですよね。でも彼には気を付けてください」


「それ、愛莉ちゃんにも言われました」


「彼、お金にルーズで、あちこちにカノジョがいるんです」


「同じホテルで働いているカノジョだけじゃなくて? うわぁ、鬼畜」


「この前、焼き鳥屋から一緒に帰った時に言ってましたよ。先生は高柿先生に気に入られたみたいだから、きっとすごいポジションを任されるに違いない、先生を口説き落として結婚して、優雅に投資でもしながらラクに暮らしたいって」


「あははは。ティラノサウルスのなりそこないのくせに。恐竜じゃなくて寄生虫になることにしたのね」


「複数のカノジョからお小遣いをもらってるとも言ってました」


「ふうん。だからハイブランドのバッグやスニーカー身に着けてるわけね。ババ活かしら」


「ババ活……」


ぷっ、と財前さんは吹き出した。

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