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第54話

見回してみると……うん。


「よくできてますね。では私のポークソテーから行きましょうか」


愛莉ちゃんが私の肉を人数分に切り分け、小皿にのせて配る。




肉を噛んだ彼らは、みな驚きで目を見開いた。


「どうですか? 信じられないくらい柔らかいでしょう?」


全員がもぐもぐと口を動かしながらうなずいた。



「ブライン液に一定時間以上浸せば、特売の肉でもこうなります。その証拠に、ご自分のを食べてみてください」


みんな頭の上に「‼」が浮かんでる。


「鶏肉ならこうして浸しておくと唐揚げにするモモ肉もサラダチキンにする胸肉も、ささみまでふわふわのぷりぷりですよ」


「これはすごい。特売肉で試してみないと」


橋本さんが感動で目を潤ませている。奥さんに褒められるといいですね。



浅井さんを見ると、なぜかぼんやりとポークソテーを見つめて肩を落としている。私と愛莉ちゃんは後ろからそっと近づいた。


「浅井さん? なにか、失敗しちゃったんでしょうか?」


「よくできているように見えますけどね?」


そろそろと、みんな周りに集まってくる。


「うん、見かけは全く問題ないよね? ちょっと一口、失礼」


カズマが自分のナイフで一口分切り分け、浅井さんのポークソテーをもごもごと咀嚼して細かくうなずく。


「うん、おいしいけど?」


浅井さんは首を横に振った。すごく神妙な顔つき。



「いや、なにも問題はないですよ。ただ、驚いたんです。息子の好物ということは知っていたのに、これがどんなものなのか食べてみて初めて認識できたんです。部活から腹を減らして帰ってきて、これで三杯飯を食うあいつの様子は女房から聞いていたのに、実際に見たことがなかったってね。それどころか、初めて歩き始めた日や、初めて歯が抜けた日なんかも、知らなかったなって」


上山さんが浅井さんの肩をぽんぽんと叩いた。


「家族ってさ、同じ家に暮らしてても、結構わかんないものだよ、浅井さん。毎日一緒にいてもいられなくても、家族は家族だよ」


こくこく、浅井さんはうなずいた。




教室を閉めた後、舗道には財前さんが申し訳なさそうに立って私を待っていた。


「僕の正体はバレちゃいましたよね。副社長から、先生を家までお送りするように言付かっています」


「ええ、そんな、近いしべつにいいのに」


「そうはいきませんよ。さっきも吉川君が待っていたんですから」


「カズマが?」


「はい。先生は今日は僕と愛莉さんと用事があると言ったら、いなくなりました」


「愛莉ちゃん? どこに?」


「帰りました。偶然居合わせて、話を合わせてくれたんです」


「そうですか。ところでお宅の副社長さんはどちらへ? 会社ですか?」


「いえ。先ほど社から連絡で、別の秘書と蓼科へ向かいました。ちょっとトラブルがあったのでその対応へ。僕は資料をそろえて明日の朝向かうことになっています」


「蓼科ですか?」


「ここで先生を待っていたら、迎えに来た部下に車に押し込まれて攫われていきました」


ははは、と財前さんは笑った。


私も同様にははは、と笑って提案してみる。


「それじゃあ、軽く何か食べて帰っていいでしょうか」


「あっ、はい。もちろんです! おつきあいします!」



そういうわけで、私たちは駅前の創作料理の居酒屋へ行った。

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